信じてもらえないかもしれませんが… あなたを愛しています

 お目当てのフォルダは直ぐに見つかった。
『SAYA』と名前が付いている。おそらく彼女のニックネームだろう。

 開くと、結構なボリュームがあった。
まず、彼女の履歴書のごとく、事細かに経歴が記されていた。
小中高と読み飛ばした。大学は獣医学部を卒業している。
長谷川夫人の言う通り、獣医師であることは間違いない様だった。

 彼女と江本のメールのやり取りは、まだ彩夏が10代だった頃から始まったらしい。

『そう言えば、じいさんが婚約者候補にしたとか言ってたな…。』

 彼女の中学の卒業式の写真まで送られてきていた。
懐かしい故人の写真もあった。
森下彩夏の祖父母は勿論、樹の祖父高畑雄一郎も笑顔で映っている。

『じいさん、こんな顔で笑う人だったかな…』

大好きなサラブレッド達と写っているからか、大きな口を開けて豪快な笑顔を見せている。

『じいさん…』

あまり感情が動かさない樹が、久しぶりに心を揺さぶられていた。


 そこは、色彩に溢れた世界だった。
空の青も一色ではない。薄い色も濃い色もある。
夕焼けか朝焼けか、樹には分からないが茜色も様々だ。

 動物たちが草を食む写真を見ても、牛や馬の種類は様々だし、
草も緑一色では無い。花もそうだ。白や黄色、淡いピンクは桜か…
その中で、彩夏はいつも笑っていた。

この鮮やかな世界を、どうして自分は忘れていたのだろう。

 自分がいるのは、白やグレーや黒ばかりのモノトーンの世界だ。
中学に入る頃まで、確かにいろんな色を知っていた筈なのに。
いつの間に忘れ去っていたのだろう…

 樹は居ても立ってもいられなかった。
鮮やかに彩られた牧場を見たくなってしまった。
いや、彩夏に会いたくなったのかも知れない。
どちらでもいい。東京に帰ったら、直ぐに江本にスケジュールの調整をさせよう。

もう一度、この目であの色彩を確かめるのだ。




< 10 / 77 >

この作品をシェア

pagetop