信じてもらえないかもしれませんが… あなたを愛しています

「それで、どんなご用でしょうか?」

 思っていたより冷たい声だった。
期待していたわけではないが、樹の心は痛んだ。
10年もほったらかしにしていた妻だ。今更何の用だと聞かれても仕方がない。
ただ、子猫を世話する彼女の優しさと、自分に対する態度との差に傷ついたのだ。

「君と話をしたくなって…。」

「はあ?その為に、こんな朝早くから牧場へ?」
「こちらの朝は早いと秘書に聞いていたので…。」

「ああ、江本さん。今日は、彼女は?」
「東京だ。」

「まあ、残念。久しぶりにお目にかかりたかったわ。」
「江本とは会っているのか?」

「ええ…。年に一、二度は。」
「そうか…。」

 玄関に立ったままだったが、これ以上話が続かない。
彩夏もこの状況をどう判断するべきか迷っている様子だった。
『中に入れ』とも言われない。
おまけに、側で家政婦がじっと観察しながら聞き耳を立てている。
気の弱い男なら耐えられないかも知れない。

お互い、まともに喋った事がなかったのだから当たり前だろう。
家政婦の雰囲気に負けて樹が先に折れた。

「中に入れてくれないか。君と二人だけで話したい。」
「私と?じゃ、応接室にご案内するわ。」
 
「いや、君の部屋がいい。」

 そう言うと、樹は強引に中に入ってきた。
いざとなると、押しの強いビジネスマンの顔を見せる。
彩夏もその勢いに負けて、自室に案内する事にした。
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