信じてもらえないかもしれませんが… あなたを愛しています

「ごめんなさい、何か急ぎの用があるんでしょうけど、
 お話聞きながら出かける支度させていただくわね。」

 チラリと時計を見て、彩夏が断りをいれた。
一向に話し出さない樹の態度もどうかと思うが、こちらにも都合がある。
失礼かとも思ったが、着替えを持って彩夏は洗面所に入った。

 彼女が目の前にいない方が話しやすかったのか、
樹は彼女に聞こえるようにはっきりと喋りだした。

「急に悪かった。君が送ってくれていた写真を見ていたら、
 実際にこの目で牧場を見たくなって来てしまったんだ。」
「そうですか…。」

彩夏は化粧室でサッと着替えて、簡単に化粧をしつつ話を聞いていた。

「君の事は江本に任せたままだった事は謝罪する。すまなかった。」
「いえ…こちらからも、特に用がありませんでしたし…。」

「森下オーナーについては、残念だった。お悔やみ申し上げる。」
「江本さんから、過分なお香典を頂きました。こちらこそ、お心遣いありがとうございました。」

「君は、うちのじいさんの葬式に来てくれたんだよな…。」
「もう、何年も前の事です。」

髪はブラッシングして簡単にシニヨンに纏めた。

「あれから、色々あった。」
「江本さんから、お聞きしています。」

 そうだ、本当に厳しい時期だった。樹の記憶が蘇ってきた。

 祖父が亡くなって後を継いだものの、
古参と若手の社員の関係が上手く行かなくて苦労していた矢先に震災があった。
怒涛のうちに数年が経った。
復興の兆しがようやく見え始めたこの頃だ。

「こっちは震災での被害は特に無かったんだよな。」
「お陰様で…。」

 洗面所から10分もかからずに彩夏が出てきた。
樹は、思わず目を向けた。
あっさりとしたシルバーグレーのブラウスにタイトなスカートの彩夏が立っていた。
女性の身支度がこんな短時間で終わるものなのか、信じられない気分だった。

「早いな…。」

彩夏がクローゼットを開けてジャケットを出そうとしたが、
中身の少なさに、再び驚いた。

「君にも、生活費を送っていたが…。」

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