信じてもらえないかもしれませんが… あなたを愛しています
この貧相なクローゼットを見て、驚いたのね。
「私は獣医です。汚れるのが仕事ですから、華美な服装は必要ないんです。
江本さんにいつも言ってるんですけど、聞いてませんか?」
「何を?」
「私には自分の収入も牧場の収益もあります。
祖父が出資していただいたものは全額お返ししましたし、
あなたの援助は必要ないってお伝えしているんですけど。」
「いや、君は俺の妻だから受け取って当然だ。」
「妻…ですか?」
また、言葉が途切れた。
樹の祖父が倒れて入院したのは10年程前だった。
その頃、マサチューセッツにいた樹が飛んで帰ると、病室には彩夏がいた。
祖父のたっての願いで婚姻届けにサインをしたのだ。
樹が27歳、彩夏は高校のセーラー服姿だった。
半年ほど祖父は持ちこたえたが、静に息を引き取った。
結局喪中というのを言い訳に結婚式はあげないまま月日が過ぎ、
忙しさを理由に形だけの夫婦として今日を迎えていた。
『妻』と呼ぶ事にも
『妻』と呼ばれる事にも慣れていない二人だった。
『やはり、この関係は不毛だ。』
彩夏の気持ちは固まっていた。
『離婚の話をいつ切り出そう…』
樹がベッドサイドに目をやると、色褪せた熊のぬいぐるみが目に付いた。
「あれは…そうか、熊だったのか…。」
「え?」
「ぬいぐるみだよ、君がいつも抱きしめていた。」