溺愛過多~天敵御曹司は奥手な秘書を逃さない~
それでも、彼の舌が唇を割って入ってこようとするのを阻止すべく、グッと奥歯を噛みしめた。
私の足掻きが伝わったのか、


「……おい」


社長が眉間に皺を寄せて、薄く目を開ける。
目が合う前に、私は無我夢中で自分のグラスを振り上げ……。


「うわっ……」


彼が怯んだ様子で、私から離れていく。
温もりが遠ざかるのにホッとして、私は手の甲で唇をゴシゴシ擦った。


「い、いきなりなにす……」


当然の抗議をしようとして、ハッと息をのんだ。
こちらに身体の正面を向けた彼の左肩から腕にかけて、濃い赤色に染まっている。
私の左手には、空になったグラス。
自分がなにをしでかしたか、自覚はある。


「すみませ……!」


条件反射で、背の高い椅子から床に飛び降りた。
直角に腰を折りかけたものの、謝罪をのみ込む。


「あ、謝りません。今のは、社長が無礼すぎます」


意識して胸を張り、やや高飛車に言って退ける。
でも、この気まずい空気には耐えられず、私はとっさに荷物を手に取った。


「今夜の食事代とクリーニング代は、後日請求してください。今日はこれで失礼します」


社長を置いて先に席を立つことには頭を下げ、動揺を見抜かれないよう、そそくさと歩き出そうとした。
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