おじさんには恋なんて出来ない
 辰美はふらふらとライブハウスを出た。その手には一枚のCDがある。先ほどMIYAから貰ったCDだ。

 辰美は既に全てのCDを揃えているが、このCDは特別だ。確認するように蓋を開け、ジャケットの裏面を見る。

 そこにはMIYAのものと思われる電話番号が書かれていた。

 ──本物だよな。

 まだ一度もかけていないが、恐らくそうだ。間違いないだろう。

 朝の時間帯以外なら出られますとMIYAは言った。だが、突然電話をすると緊張する。まずは一度メッセージを送ってみるべきだろうか。

 辰美は家に帰り、もう一度CDのジャケットを眺めた。早速その電話番号を登録して、メッセージのアプリを呼び出す。

 あれこれと考えた結果、文面はシンプルなものになった。まずは挨拶をして、返事が返ってきたらそれから用件を言う。シンプルに、端的に。

『日向です。こんばんは』

 だが、仕事のメールか友人とのやりとりがほとんどの辰美には女性に送るような文面が思いつかない。登録お願いしますと言うべきか。しかしそれだと登録しろと言っているように聞こえないか。いきなり食事のことを振っていいものか。また悩む。

 最終的に、『連絡先をありがとう』だけ付け足して送信した。

 MIYAはもう帰宅しているだろうか。スマホを置いて風呂場に湯を溜めに行くと、その間にメッセージが返ってきていた。

 先ほど登録したばかりの「ミヤ」の文字が表示されていて、辰美は慌ててスマホのロックを外した。

『こんばんは。こちらこそありがとうございます。もう家に着いた頃ですか?』

 プライベートで女性とやりとりをした経験が少ないからか、MIYAからのメッセージがなんだか可愛く思えてしまう。なんてことない普通の挨拶なのだが、それが妙に嬉しかった。

『さっき着いたところです』

 ────そちらは家に着きましたか。いや、なんだか見張ってるみたいだな。
 ────なら、お仕事お疲れ様です? これだとビジネス文書みたいで硬すぎる。

『今日は素敵な演奏ありがとうございました。食事の詳細はまた送ります。ゆっくり休んでください』

 これが正解だ。と思った文章を送った。あまりダラダラ長引かせるとMIYAも疲れるだろう。

『こちらこそありがとうございました。日向さんもゆっくり休んでください。連絡待ってます』

────待ってます、って。

 辰美は年甲斐もなく興奮してスマホを握りしめた。

以前会社の接待で銀座のクラブに行った時も似たようなメールをもらったことがあるが、その時とは気持ちが違う。願わくばMIYAのメールが「接待」でなければいいのだが。
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