おじさんには恋なんて出来ない
 ────辰美さん、大丈夫かな。

 駅のホームに佇みながら、美夜はため息をついた。

 あれ以来辰美と話せていない。忙しいのか、メッセージのやり取りだけだ。元妻とはどうなったのか、その後連絡は来たのか。

 気になることは山ほどある。だが、いまだにないも言えないでいた。

 美夜に届いた手紙はあの一通だけで終わった。けれど、ポストを見るたびにドキドキしてしまう。だから余計に嫌な想像をしてしまった。

 ────辰美さんが奥さんと寄りを戻したから、手紙が来なくなったの?

 年が明けてからスケジュールは忙しくなったのにどこか上の空だ。これからストリートに行くのに気が引き締まらない。

「ん……?」

 その時だった。コートのポケットに入れたスマホが震え始めた。美夜はポケットからスマホを取り出して眺めた。

 ────辰美だ。辰美からの電話だ。すぐに通話ボタンを押した。

「はいっ、もしもし」

『美夜……』

 電話の向こうの辰美はどこか急いでいるような、焦っているような様子だった。

「辰美さん……?」

『最近、連絡できなくて済まなかった』

「いえ……忙しい時もありますから、仕方ないですよ」

 そう言いながらも心底ほっとした。辰美に愛想を尽かされたわけではなかったのだ。

 気にしていないふりをして、精一杯明るく振る舞った。

『……駅にいるのか?』

 駅のアナウンスが聞こえたのだろう。

「はい。これからストリートに行くんです」

 不自然な沈黙が数秒続いた。やがて「美夜、最近何か変わったことはなかったか」と言った。

「え……」

 もしかして辰美の元妻のことだろうか。美夜は答えようかどうか迷った。言うと告げ口みたいに聞こえないだろうか。

「……何かあったんだな」

 辰美の口から聞いたことがないような低い声が出た。もしかして、辰美は知っているのだろうか。

「実は……手紙が」

 ホームに電車の発着音が鳴り響いた。

「ごめんなさい、電車が来たみたいです。ストリートが終わった後連絡します」

『美夜、待ってくれ。すぐに話さないといけないことが────』

 大きなブレーキ音とともに電車がホームに停る。自動扉が開くと後ろから列が押し寄せてきた。

「ごめんなさい! また終わったら連絡します!」

 美夜は慌てて電話を切った。

 人の波に押されて電車の中に押し込まれる。タイミングの悪いことだ。せっかく話せそうだったのに────。
< 95 / 119 >

この作品をシェア

pagetop