託宣が下りました。
「巫女ではないか!」

 その声が聞こえたとたん、わたくしは自動的に回れ右をし、来た道を戻ろうとしました。
 けれど相手のほうが歩幅が広いせいか――声はあっという間に追いつき、わたくしの腕を掴みます。

「待て待て。まだ俺は何もしてない」
「なぜあなたがいるのです……!」

 わたくしは振り返り、腹立ち紛れに怒鳴ってしまいました。

 水売りのおじさまがぎょっとした様子でわたくしと先客――騎士ヴァイスを見比べます。
 おまけに周囲の人々も目も集まり、わたくしは肩をすぼめました。できることならこのまま消えてしまいたい。

「なぜと言われても、ここは水売りだ。水を飲みに来たんだ。巫女もそうなのか?」
「……」
「そうか。これは偶然ではないな、運命だ」

 勝手に納得してうんうんとうなずく騎士。こちらの腕を掴んだままだったその手を思い切り振り払い、わたくしは騎士をにらみつけました。

「そんな運命ならわたくしは全力で否定します」
「星の巫女が運命を否定するのはおかしいぞ」
「巫女としてではありません。個人として否定するのです」
「なぜそこまで拒否するんだ……」

 がっくりと騎士はうなだれます。この人は託宣の日にわたくしに何をしたのか、忘れているのでしょうか。

 忘れているなら許せません。
 覚えていてこの態度なら……わたくしとは決定的に相容れないということです。

 つまりどちらに転んでも、わたくしがこの人に気を許すことはありえないのです。

「失礼します」

 水は諦めよう。わたくしは即座にそう判断して再びくるりと後ろを向きました。

「待て巫女よ。どこへ行くんだ? 送っていく」
「なぜあなたにそうされる必要が。一人で行けますので放っておいてください」
「水はいいのか? おごってやるぞ」
「けっこうです」
「ええとじゃあ、そうだなその薬草のかごを持つから一緒に行かせてください」

 なぜ突然下手に出るのか。無意味にこちらの胸にトゲが刺さるではないですか。

(いいえ。ここは拒否しなくては!)

 騎士の声が切実に聞こえたのはきっと気のせい。気のせいです。
 わたくしは心を鬼にしました。ここで情にほだされては、きっとずるずるとろくでもない方向へ転んでしまう。

 とにかくここは逃げなくては。何としてでも――
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