託宣が下りました。
 わたくしはくるりと振り向きました。
 そして、遠い向こう側を指さしました。

「騎士ヴァイス! あそこに人面猿が!」
「何と!?」

 騎士は――なぜか水売りのおじさままで――わたくしの指す方向に顔を向けます。
 その隙にわたくしは、脱兎のごとく駆け出しました。腕に籐のかごを抱え、一目散に。

「あっ、巫女――」

 わたくしを呼ぶ声が遠くなっていきます。よかった、成功です!

 それにしても。

 言うに事欠いて『人面猿』とは何なのでしょう。わたくしのセンスのなさも、たいがいのようです……



 騎士ヴァイスから逃げ出したはいいものの、行くべき道を誤ってしまいました。
 関係のない道をぐるぐる回り、ようやく分かる道へと出たころには一時間を軽く超えておりました。

(早く用事を終えて、勉強しようと思っていたのに……)

 わたくしの最近の勉強内容は隣国ザッハブルグの言語と歴史です。目下のところこの国との関係性が我が国にとって最重要なのです。

(あ、あれかしら)

 さらに歩き回って三十分。よううやく、シェーラが教えてくれた通りの屋根が見えてきました。
 近づくにつれて、その店の外観がよく見えてきます。わたくしは思わず足をとめ、

「……大丈夫なのかしら、このお店」

 とつぶやきました。
 あまりに古い、薄汚い建物。屋根が傾いているようにさえ見えます。二階建てのようですが、上のほうに見える窓は明らかに立て付けがなっていません。

 ここが修道院の取引相手? 薬草の買い取り相手――?

「……」

 わたくしは何度もシェーラの地図を確認しました。
 そして、店の看板をさがし――ようやくそれらしき汚い木の板を見つけて、しぶしぶ納得しました。

『羽根のない鳥亭』

 どうやら、間違いないようです。(ちなみに『亭』なのは、ここの主人が昔旅籠をやろうとして失敗したからだとか)
 ここにお邪魔するのがわたくしの仕事――。

 ドアは完全にしまらず、キイ、キイと揺れています。
 どんよりと、中に入ると謎の空間に引きずり込まれそうな不穏な空気がただよっています。魔物の一匹や二匹いそうです。

 わたくしは深呼吸をしました。
 一歩、二歩。大股にお店に近づき、ドアノブを掴み、

「――お邪魔します!」

 ドアを引いて先制攻撃の挨拶――
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