託宣が下りました。
女はヴァイスの手を柔らかく握ったまま、やや控えめに言葉を紡ぐ。頬がピンク色に染まっている。
愛らしい顔だと――思った。
「……ですから、パレードにも行きませんでした。その間にもわたくしにできることはあると思って。現実に、孤児院も救貧院も人手不足のままですし」
そして、彼女はヴァイスを見てにこりと微笑んだ。
「勇者様に感謝しているんです。わたくしに、まだ何かを成すチャンスを残してくださったことを」
「―――」
ヴァイスはまっすぐに女を見つめ返す。
地味すぎる黒眼の奥に見える星。それは彼女の心のかけらだろうか。
ぎゅ、とヴァイスの手を握って、女は優しい笑顔をたたえた。
「あなたの手は、ちゃんとご自分の役割を果たしていらっしゃる手です。例え誰かが批判しようとも……ご立派な手です」
「役割」
「はい」
――自分の行っていることを、自分の『役割』だと思ったことなどなかった――
自分はただ、欲望のおもむくままに生きてきただけだ。剣を振るのが好きだった。魔物を倒すのも嫌いじゃない。
アレスが泣いて宣言して。自分も魔物を許せないと思って。だから旅立った。頭目が魔王だと分かっから、倒すのにやっきになっただけ。
そんなだったから、自分が行ったことが崇高なことだとは、まったく思えなかったのだ。だから凱旋式もパレードも馬鹿馬鹿しくて――
そこに『役割』なんてものがあったのか?
たしかに……ハンターとして名をあげるたび、「お前は天才だと」誰もが言った。
『力』を与えられたこと。それに意味があったというのか?
天は俺に、『その役目』を授けたというのか?
そして目の前の女は。
その『役目』のために自分が子どもをどれだけ泣かせようとも。
ひょっとしたら彼女自身さえ恐れるかもしれなくても。
この手は立派だと、優しく受け止めて、
そして、感謝してくれるのか。『勇者様のおかげで、わたくしにも何かを成すチャンスが残された」。
ああ、そうなのか。
俺たちがしたことは、そういうことなのか。
生を守った。生活を守った。そして……誰かが何かを成す機会を守った。
「……あんた」
我知らず、ヴァイスは尋ねていた。
「あんた、名前は」
聞いてはみたものの、考えてみればまず自分が名乗っていない。とは言え女の身で何と名乗ればいいのかとっさに思いつかず、ヴァイスは困ってしまった。
しかし目の前の女はそれを無礼に思った様子もなく、軽く小首をかしげた。