託宣が下りました。

「わたくしですか? わたくしは――」
「えーーーーーい!」

 突然バタン! と扉が開かれ、

「出て行け、この化物め!」

 先ほど廊下で聞こえていた声の主が飛び込んできた。ヴァイスが肩にかついでしまった子だ。
 仲間を引き連れ、木の枝を剣に見立てて構え、ヴァイスをにらみつける。

「この孤児院のみんなに何かしたら、許さないからな!」
「こら! いい加減にしなさいあなたたち、この方はね、」
「いや、いい」

 ヴァイスは修道女を制して立ち上がった。
 女が当惑した顔をする。それににやりと笑ってみせて、

「化物に対抗しようという子どもたちだ。将来が楽しみだと思うぞ」
「お客さま……」
「俺はもう帰る。邪魔して本当に悪かった」

 自分にしては殊勝な態度で謝意を表したと思う。
 修道女は本気で申し訳なさそうに肩を縮めて、

「申し訳ありません……」
「すぐ謝るのはあんたの癖かな。直しておいたほうがいいぞ」
「え――」
「また、会えるといいな」

 ――そう、また会いたい。

 自分の気づいていないこと、多分自分のまま生きていたなら知るよしもなかったこと。
 それを教えてくれたこの地味な女と、心から再会を願った。
 黒眼の奥に、星をたたえたこの女と――



 ヴァイスが凱旋パレードにちゃんと出席するようになったのはその後のことである。

 何となく、集まる人々の顔が見たくなった。自分たちが守ったのは誰なのかと、知りたくなった。

 パレードの他の祝賀会にも参加するようになった。王女から逃げるのも含め、ヴァイスは一気に忙しくなった。

 その合間合間にあの修道女の情報を探そうとしたのだが、うまくいかなかった。歯がゆい思いのまま時は経ち――



 夏の終わりの星祭りが行われたのは、それからしばらくのことだ。

 いつもなら興味なしで、ただお祭り騒ぎをするためだけに出席するヴァイスだったが、その夜は来賓席を陣取った。

 そこからなら、星の託宣を受け取る『巫女』の顔が見られるから。

 ――あの女に会えるかもしれない。

 それは根拠のない勘だった。だが、ヴァイスはこの手の勘には妙に自信があった。

 星の巫女本人とは限らない。その周りの世話をする修道女にでも、彼女はいるかもしれない。

 一目でいい。会いたかった。
 名前を知りたかった。
 そして自分の名前を――今度こそ教えたかった。

 祭壇に今回の『星の巫女』がしずしずとあがる。
 ヴァイスの胸が昂揚する。あの大人しげなたたずまい。地味で、だが凜とした背中。

 『星の巫女』は顔を観客へは向けず、ただ夜空へ向ける。当たり前だ、彼女は星の神に祈りに来たのだ。

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