託宣が下りました。

 こちらなど見るはずがない。
 それでも、顔が見えた。『星の巫女』の装束は修道服より飾りが多く、雰囲気が少しだけ変わる。神聖な顔つき。ただ国民のためだけに心を捧げる巫女。

 ――いや、()()()()()。彼女は普段からそういう人なのだとヴァイスは知っている気がした。

 『星の巫女』の名など、儀式の中では明瞭にされない。必要がないからだ。

 ただ、気になって仕方がなかったから隣のカイに聞いた。カイならそういう情報には詳しい。

 そうしたら、カイは元々知り合いなのだと言った。何だかむかついた。なぜ俺に報せないと、無茶なことを思った。

 アルテナ・リリーフォンス――

 やっと、名前が分かった。胸が躍りすぎて息が苦しくなるほどだ。
 託宣は? 彼女は何をこの国にもたらす?

『騎士ヴァイス・フォーライク、巫女アルテナ・リリーフォンスの間に生まれし子は、国の救世主となるだろう』

 ああ――
 やっと。名を呼んでもらえた。
 あの穏やかな声で。優しい声で。
 その上――

 歓喜のあまり、立ち上がり叫んでいた。

「やっと俺の子を孕む相手が現われたぞ!」

 ――そう、ようやく見つけた。本当の意味で、俺の子を産んでほしい人に。

「あなたが俺の運命の人か!」

 そう思うともう止まらなかった。祭壇を駆け上がり、彼女を抱き寄せ、そして――



(我ながらはしゃぎすぎたものだな)

 回想から戻ってきたヴァイスは、しみじみとそう思う。
 あのときアルテナに対して行った行為――他人は暴挙と呼ぶが――について、彼は全く後悔していない。

 彼女への愛しさが爆発していた。止まれるはずがなかったのだ。

(……最初は、散々嫌がられたなあ)

 モップで何度も追い払われたことを思い出す。ヴァイスにしてみればちょっとしたじゃれ合いだったのだが。

 彼女と結ばれることを、あの当時は疑っていなかった。
 託宣を信じたというよりは、『彼女の口から出た言葉だったから信じた』のだ。

 最初は、己が思うがままにふるまった。

 だが――あまりにも拒否を続けられ、どうにかして彼女の心を掴みたいと悩んでいるうちに――
 彼女に優しくする方法をアレスやカイやクラリスに聞いて、少しずつ少しずつ。

 今では、『優しくする』ことの意味も分かりかけている気がする。彼女の意思を大切にすること。それを、理解できた気がする。

 だから。
 彼女がその気になってくれるまで待とうと、思えるまでになったのだ。

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