託宣が下りました。
 わたくしは振り返り、遠くなっていく別荘を見つめました。
 あのお屋敷に、シェーラの味方はいるのでしょうか? せめてそれだけでも知ることができれば。

 何より、一番したかったことはまだ為せていないのです。

「……シェーラと話がしたくて来たのです」

 わたくしはぽつりとつぶやきました。「シェーラがいつもわたくしの話を聞いてくれているように……今度はわたくしがシェーラの話を聞きたいのです」
「そうだな」

 騎士は珍しく穏やかでした。
 彼はおもむろに手を伸ばし、わたくしの頭をぽんぽんと叩きました。

「その思いは、とても大切だと思う」
「――」

 わたくしはカッと顔が熱くなるのを感じ、急いでうつむきました。
 何でしょうか、今日の騎士は。こんなに穏やかなんておかしすぎます。

 やっぱり魔物の毒に? 頭を打って?

 それとも――そう、騎士は妹さんが多いそうですから、わたくしを妹のように扱っているのかもしれません。ソラさんが癇癪を起こしたときはこんな風になだめているのです。そうに決まっています。

 ぷいと騎士から顔をそらし、わたくしはこっそり手でぱたぱたと顔を仰ぎました。ああ、熱い。
 気をまぎらわすために現実の話をします。いくらシェーラに会いたいと思っても――

「あ、会うのは難しいので困っています。ブルックリン伯爵が許可をくださるとも思えませんし」
「まあ許可は下りんだろうな」

 騎士はあっさり肯定しました。「しかし、会うのに許可はいらんぞ?」
「……え?」
「もう一度こっちから会いにいけばいい。伯爵のいないときにな」

 わたくしは思わず騎士を見ました。騎士は自信満々な顔でわたくしを見つめます――。



 ブルックリン伯爵のいないときに、会いに行く。
 わたくしはそれを、伯爵の留守にお屋敷にお邪魔する、という意味に取りました。ですが……

「――し、忍び込むなんて、聞いていません……!」
「だってこれしかないだろう」

 夜。別荘の裏口の前で、騎士はいけしゃあしゃあとそう言いました。「屋敷の人間は全員伯爵の言いなりだ。まともに面会を願って会えるはずがない」
「そ、そうですけれど……!」

 だからって、深夜に屋敷に忍び込むなんて……!

 今は秋。夜は冷えます。風が吹き、わたくしはぶるりと震えました。
 水気のある冷たい風です。雨が降るかもしれません。
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