託宣が下りました。
 夜のお屋敷はしんと静まりかえっています。

 靴を履いて廊下を歩けば足音がしますから、わたくしたちは靴を脱ぎました。騎士が用意してくれた袋に入れて、腰にぶら下げています。松明は目立ちますので消しました。廊下には火の入った燭台が並んでいますから、歩くのに不自由はしません。

「さあ行くか」

 騎士を先頭にして、わたくしたちはゆっくり歩き出しました。廊下の冷たさがまるでわたくしたちを追い返そうとしているようで、心細い身に沁みます。

 息を殺して進んでいると、遠くでサアサアと水音が聞こえました。

「雨が降ってきたな」
 大きな窓を見やり、騎士は呑気に言いました。「忍び込むにはいい雰囲気だ」

「はあ……」
「昔アレスと二人で嫌いな男爵の家に忍び込んだことがある。男爵はオオカミが嫌いというんで、オオカミの剥製を居間に置いてきた」
「そ、それで」
「すぐにバレて大目玉だ。楽しかったなあ」

 今さらですが、どうかしてるんじゃないでしょうかこの人。

「ちなみに鍵開けはそのときマスターした。役に立つ特技だぞ」
「そ、そんな頻繁にどこかの屋敷に忍び込んでいるんですか?」
「一度助けを求める声が聞こえてなー。窓を割るのも忍びないので鍵開けで入った。無事助けたぞ?」
「……」

 無駄に否定しづらいいい話を挟んでこないでほしいです。

(そう言えばこの人はわたくしのところに来るときも、窓や扉を壊したりはしなかった)

 ふとそんなことに思い至りました。ひょっとして、この騎士にもわずかに常識的なところがあるのでしょうか?

「いやー窓やら壁やらを破壊するとあとで賠償が大変なものでなー。カイに復元魔術をマスターしてくれと何度頼んだことか」

 そんなことは全然ありませんでした。本当に、今までどれだけの迷惑を周囲にかけてきたのやら。

(この人と結婚なんて……)

 考えて、わたくしは身震いしました。
 平和な日常など望むべくもなさそうです。静かで単調な修道女生活が性に合っているのに……冗談ではありません。

「ん」

 騎士が突然足をとめました。

「わっぷ」
 わたくしはその背中に衝突し、慌てて離れました。「な、なんですか」

「……ねずみが通った」
「は?」

 思わずヘンな声を上げたのは、場所が場所だからです。
 ブルックリン伯爵家の別荘。それがねずみを放置するほど、掃除に手を抜いているとは思えません。
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