託宣が下りました。
「ちょっと待っていろ」

 騎士はわたくしをその場に留め置いて、自分はうろうろ歩き始めました。
 壁に触れたり、観葉植物をまじまじ見たりしたあげく、燭台のひとつに近づくとその金の肌を指先でつつつと撫でます。

「見てくれ、埃だ」

 どこの姑ですか。

「埃……」

 でも、たしかにおかしい話です。燭台の掃除など、使用人が毎日必ずやることでしょうに。

 騎士はわたくしのところまで戻ってくると、真顔で言いました。

「……これは俺が思っていたより、まずいかもしれん」
「は……?」
「……! 人が来る。隠れろ」

 騎士はわたくしを引っ張り、壁際まで寄りました。燭台のない位置をさがし、身をひそめます。

 カツーン、カツーン。

 重々しい人の足音が近づいてきました。こちらに向かって――

(……っ)

 わたくしは恐怖で声を上げそうになりました。しかしそれを察知したらしい騎士が、わたくしの口を手で覆いました。唇の前で人差し指を立て、無言でわたくしを黙らせます。

 騎士は大きな観葉植物の陰にわたくしの体を押し込みました。自分はそのわたくしを覆うように立ち――。

 そしてふいにわたくしを、腕の中に抱き込みました。

「――っ」

 わたくしは硬直しました。

 今回は、アレス様直伝突き飛ばし術を使えませんでした。暴れそうになるわたくしを前もって押さえ込むように、騎士の腕には力がこもっていました。わたくしの頭を先ほどとは別の恐怖が襲いました。恐いのです、力で押さえ込まれるのは。

 どうやっても勝てない相手を痛感するのが恐いのです。

 けれど……

「……じっとしていてくれ、巫女よ」

 耳元で、騎士は囁きました。

 密着した体。逃がすまいとでもしているかのように、強く抱き寄せる腕。

 わたくしの耳の奥で、別の誰かが言いました。

 ――どうして、この『力』に打ち克つ必要があるの?

「……っ!」

 全身が心臓になったかのように強く波打ちました。動悸がして苦しい。体温が一気に上がったような気がします。ああどうか、早く放して。

 ――でも。

 わたくしを守ろうとしてくれているのは……分かります。

 カツーン、カツーン……足音が近くを歩いています。使用人の見回りでしょうか。
 わたくしは騎士の腕の中で身を縮めました。騎士はわたくしの体を抱き寄せ直しました。
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