喧嘩最強男子の溺愛
まさか元カノの話を私にしようと思っているなんて。
「えっと、それはどういうこと? 今の私に必要な話なの?」
「そうだね。聞いて欲しいことがある」
「いやだって言ったら? 郁人が過去に付き合ってた人の話なんて聞いたら、やきもち妬くもん」
「昔の話だよ。まだ帆乃香と出会う前の話」
過去の話なのは理解してるよ。
でも元カノの存在は知らなくてもいい情報。
今、郁人が私に甘く優しく接してくれているように、その元カノにも同じように、いや私にしてくれている以上のお付き合いをしていたんだとしたら、話の内容によっては私の心は持たないかも知れない。
「イヤだ。郁人から他の女の人の話を聞くのが怖い」
その話を聞いたら、郁人から気持ちが離れてしまうかも知れない。
「そうだよな。うん。ごめんね突然。でも、帆乃香が思っているような話じゃないんだよ。帆乃香のことをもっと好きになったって話なんだけど。聞いてくれる?」
元カノの話と今の私。
何の接点もないから郁人が何を話したいのか全然分からなくて。
私は覚悟を決めて返事をした。
「うん、分かった。郁人の話、聞かせて」
そう言って私は郁人が優しく握ってくれている手に力を込めた。
「俺さ、高1の時に高3の先輩と付き合ってたことがあってさ。告られて、なんとなく付き合ってみてさ。あの頃はその人のことをずっと大人だと思ってたの」
初めて聞く郁人が付き合っていた人の話。
付き合っていた人は年上の彼女だったんだ。
会ったこともないその彼女のことを想像してしまって。
郁人が好きになった人なんだもんね。
きっと綺麗な人だったんだろうな、優しい人だったんだろうな。
ちんちくりんの私なんてきっと足元にもおよばないんだろうな。
心の中で『こんな私が隣にいて、ごめんね』って思ってしまう。
それでも冷静さを装って郁人に返事をする。
「2歳も年上だったら大人だよね。でもその時の彼女さんは今の私たちと同じ年ってことか。思ったほど大人じゃないね」
「だな。俺もあの頃の彼女と同じ年齢になって思ったよ。勝手に大人だと思われても困るな」
「ふふっ、そうだね」
「で、付き合って初めてデートの約束したのが花火大会でさ」
ああ。そうだったんだ。花火大会はその彼女との大切な思い出だったんだ。
「花火大会の当日になって海人が一緒に行くって駄々こねたから俺が家から出れなくなって。事情を彼女に説明して、彼女に弟が一緒でもいいか、それとも今日は花火に行くのやめるかを決めてもらおうと思ってさ」
「そっか。2年前だと海人くんはまだ小学校1年生だもんね。お兄ちゃんと一緒に花火に行きたいって思うよね」
「だよな。俺も海人が凄く泣くから可哀想になってさ。そしたら彼女が冷たく言ったんだよ・・・。」
『子供が一緒じゃ友達に自慢できないじゃない。子供が一緒なんてありえないから。郁人は皆の目を引くし、私は郁人と並んで歩きたいの。それが無理なら郁人とは花火にも行かないし、別れるわ。そもそも郁人って思ってた感じと違うし。さよなら』
「・・・・こんな感じであっさり別れたんだよな」
「はい? それ本当の話なの、郁人」
「ああ。2年前に俺がそうやってかっこ悪くフラれたって話」
「今そんなことを私に言いたかった訳じゃないでしょ?」
「言いたかったのは海人のことな。帆乃香が花火大会に行きたいって言った時、2年前を思い出してさ。もしかしたら帆乃香は海人のことを気が進まないまま花火大会に誘ってくれたんじゃないかって。あの2年前と同じようになるんじゃないかって」
「やっ、やめてよ。そんなの当然じゃないの。海人くんは大切な友達だよ。それに郁人の大切な弟でもあるでしょ。そんなこと考えないで。いつも一緒にいるよ、私」
「だからさ。だから帆乃香なんだよ。俺、帆乃香に出会えて良かった。俺の方が帆乃香の隣にいていいのか? って思うよ。まぁダメって言われても一緒にいるけどな」
「そっか。郁人、そんなこと言われて辛かったね。いっぱい泣いたでしょ。良く頑張ったね」
いつもは郁人がしてくれる頭をポンポンするのを、今は私が郁人にして。
「もう大丈夫だよ。郁人も海人くんも一人ぼっちにはしないから。ずっと一緒にいるからね」
「帆乃香・・・ありがとう」
郁人が私の肩に頭をちょこんとのせて、
「俺、帆乃香の前でだけ時々、弱くなってもいい? こうして時々、甘えてもいい?」
「ふふっ、いつでも甘えて。その代り私も甘えたくなった時はよろしくお願いします」
「もちろんだよー、帆乃香ぁ」
強くて、優しくて、かっこよくて。そして今日、郁人の代名詞が1つ増えた。
『甘えん坊』