訳あり令嬢は次期公爵様からの溺愛とプロポーズから逃げ出したい
 エデュアルトは毎日同じ時間にこの公園を訪れている。
 午後の時間に、散歩と称してとある令嬢がここへやってくるからだ。
 どこか現実感のない、ふわりとした足取りで歩いてくるのはヴィヴィアン・ローステッド侯爵令嬢だ。

「やあ。よく来たね、ヴィヴィアン」
「エデュアルト様」

 大きな木に隠れるように佇んでいたエデュアルトは愛想の良い声を出した。
 この娘にはまだ利用価値がある。頻繁に会うのも、彼女を思いのままに動かすため。そのためにはもう少し薬を与えなければならない。二回目に会ったとき、彼女の飲み物に薬を混ぜた。痛み止めや疲労薬して広く流通している薬だが、幻覚作用と常習性があるため服用しすぎると廃人になる恐れがある。純度の高いそれをエデュアルトはヴィヴィアンに与え続けていた。

「さあ、今回もこれをあげるよ。よく眠れるようになっただろう?」

 エデュアルトはヴィヴィアンに小瓶を渡した。少し前までは彼女の飲み物にこっそり混ぜていたのだが、最近はこうして直接渡している。
 ヴィヴィアンはエデュアルトの手中にある小さな容器に目を輝かせた。中には丸薬がいくつか入っている。液体だろうが丸薬だろうが効能は同じだ。

「嬉しい。これを飲むと楽になるのよ」
「嫌なことを忘れさせてくれる薬だからね」

 優しくヴィヴィアンの背中をさすると、彼女はうっとりと目を細めた。初対面の頃では考えられない変化だった。今のヴィヴィアンはエデュアルトにすっかり心を許している。彼が、ヴィヴィアンの望む言葉を与えているからだ。ヴィヴィアンにとってエデュアルトと過ごす時間は心地の良いものなのだ。

 まったく、この娘は本当に都合がよかった。神が己の目的のために遣わしたかと思うほど、簡単に篭絡することが出来た。

 エデュアルトは長い間フィウアレアの行方を追っていた。己の目的を叶えるための駒にするにはうってつけの娘だからだ。ゲルニー公国の継承権が現在のリューベルン連邦の皇帝へ移ると決まったとき、多くの人間が継承権をどうにか奪えないものかと考えた。結果ゲルニー公国の大公家の直系筋に近しいフィウアレアに目をつけた。人間考えることは同じなようで、中には縁組を強要する家もあったのだろう。

 当時十三歳だったフィウアレアは忽然と姿を消した。さまざまな憶測が巷に流れ、エデュアルトは諦めきれずに本物の行方を追った。小さな手掛かりを一つ一つ丹念に紐解き、当時モルテゲルニー家に仕えていた人間を一人ずつ当たっていった。

 その中の一人が西端海を渡ったアルメート共和国へと移住をしていた。家族も一緒に、というところで何かが引っかかった。もちろん、情勢不安なリューベルン連邦から他国へ移住をする国民が少なからずいることは把握をしていた。

 しかし、当時の洗濯番でもあったその女はフィウアレア失踪のひと月前に屋敷から遠のき、そのまま帰っては来なかった。
 直感のままにその女の行方を突き止め、少々強引な方法で情報提供を求めた。結果、その女はフィウアレアを連邦内のある修道院まで連れて行ったことを吐いた。

 その先の足取りをたどるのは難航した。おかげで洗濯番の証言を得てからフィウアレアにたどり着くまでさらに数年を要した。

 最終的にエデュアルトはロルテームで本物のフィウアレアと巡り合うことが出来た。
 一目で確信をした。己と同じくリューベルン連邦内の王家・大公家の血を濃く引く顔立ちをしているからだ。

「早く飲みたいわ」

 傍らのヴィヴィアンが急いた声を出す。
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