ふたつ名の令嬢と龍の託宣
     ◇
「アンネマリー、そのドレスは少し胸元が開き過ぎなのではないか?」

 今日は王太子であるハインリヒの誕生日であるともに、アンネマリーとの婚姻の儀も執り行われる日だ。婚儀仕様の豪華な衣装を身につけたハインリヒが、目の前のアンネマリーの姿に目を奪われつつも動揺している。

「いえ、イジドーラお義母様が、これくらいの方が肖像画の売れ行きがいいからと……」

 神殿で行われる婚姻の儀式は神官と限られた貴族しか出席できないが、今日は王都の街をふたりのパレードが行われることが決まっている。それに伴い、王都の街中が祝福ムードで沸き立っていた。

 美男美女な王太子と王太子妃との評判で、ふたりの肖像画が市井(しせい)で飛ぶように売れているらしい。その収益は王家の収入となり、ハインリヒはそれを王都の大河にかかる大橋の修復費用に充てようと考えていた。
 その手助けができるのならと、アンネマリーは自分の胸のひとつやふたつ見せびらかすこともやぶさかではなかった。

「いや、だがしかし」

 最後の最後まで言い続けるハインリヒをなだめ、アンネマリーは(おごそ)かな雰囲気の中、正式に王太子妃となった。ハインリヒと共に、青龍の前で永遠の愛を誓い合う。

 片隅に、公爵に抱え込まれながら大号泣しているリーゼロッテの姿が目に入った。今日は婚儀といえ、一日公務が続く。ゆっくりと余韻に浸る暇もなく、ふたりはパレードの馬車へと乗り込んだ。

 その後ろ姿をイジドーラは感慨深げにみやっている。その後ろで、カイも同じようにふたりを見送った。
 今頃は王都の目抜き通りを、ゆっくりと馬車が進んでいることだろう。遠くに祝福の歓声を聞いた気がして、カイはその口元に自然と笑みをのせた。

「ようやくおさまる所におさまったって感じですね」

 イジドーラの背に声をかけると、いたずらな叔母は、扇を広げて「そうね」と満足げに頷いた。

「ねえ、イジドーラ様。ひとつだけ聞いてもいいですか?」
「何かしら?」

 不意の問いかけに、イジドーラは前を向いたままだ。

「イジドーラ様は、アンネマリー嬢がハインリヒ様の託宣の相手だと、初めから分かっておられたんですか?」
「あら、まさか」

 そう言ってイジドーラはわずかにこちらを振り返った。閉じた扇を口元に置き、カイに向けて妖艶な笑みを()く。

「女のカンよ」

 大きく目を見開いたカイは、次の瞬間、お腹を抱えて笑い出した。

「オレ、一生、イジドーラ様にかなう気しねーっ!」

 極寒の冬の晴れ渡った青空の下、カイの大爆笑が響き渡る。


 龍歴八百二十九年、ハインリヒは託宣通りに、アンネマリーを王太子妃に迎えることができたのだった。



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