ふたつ名の令嬢と龍の託宣
      ◇
 王の執務室に戻り、深いため息と共に椅子に背を沈めた。すでに王たちは頭の中で騒ぎ始めている。こめかみを押さえながら、再び長い息を吐く。

 議会や貴族との謁見(えっけん)は、状況がよく分からないまま、王たちの言葉で乗り切っていた。他にやる事と言えば書類に王印を押すだけだ。王位に就いてからというもの、こんな日々が繰り返されている。

(こうなれば誰が王位に就こうと関係ないな)

 自嘲(じちょう)気味に思いながら、置かれた書類の束を手に取った。

 ハインリヒが事の真相を知れるのは、すべてが終わった後、誰かがよこした報告書に目を通した時だ。王たちに言わされた言葉の意味を、ようやくそこで理解する。

 今手にしているのは、カイが持ってきた報告書だった。簡潔にまとめられた文章を、はじめから順に目で追っていく。

 神殿内での媚薬密造の疑い。伯父バルバナスが騎士団を引き連れて神殿に乗り込んだこと。証拠隠滅がなされた媚薬の畑。それでも燃やされた土から検出された違法成分。首謀者の名は、誰もが口を割ろうとしないこと。そして秘密裏に助け出された令嬢の存在――。

 何度読んでも気が滅入るばかりだ。ハインリヒはおざなりに報告書の束を机へと放り投げた。

 あの日、リーゼロッテが夢見の神事を行った時、ハインリヒは王たちに()かされて、訳も分からず祈りの泉へと向かった。そこでジークヴァルトに謹慎を命じたのも王たちの指示だった。

 ジークヴァルトの怒りように、リーゼロッテがどうにかなったのだろうという事は、容易に予想はついた。言わされるがままあんな台詞を口にしたが、よもやこんな事態に(おちい)っていようとは。あまりの驚きに、報告書を前に何度も我が目を疑ったほどだ。

 だがそんな言い訳がジークヴァルトに通用するはずもない。そもそも国の記憶を受け継いだことは、王だけが知る秘匿(ひとく)の事項だ。この事実は最愛のアンネマリーにすら話せないでいる。龍の意思が介在している以上、何が起きてものらりくらりと(かわ)すしかなかった。

(明日にもヴァルトの登城が再開される)

 リーゼロッテを取り戻したとは言え、ハインリヒの行いに対して、いまだ不信感を抱いているはずだ。同じ立場に立たされて、もしもアンネマリーを奪われたならば――。

 考えるまでもなく、出てくる答えはたったひとつだ。自分なら相手を殺しに行くだろう。それこそ国も民もすべて捨て去って、復讐の道を迷わず選ぶに違いない。

 そこまで思って、再び重いため息が口をついた。今ここでジークヴァルトを失うのは大きな痛手だ。政務的に言ってもそうなのだが、やはり気の置けない存在は、ハインリヒにとって掛け替えのないものだった。

「どうしたものか……」

 こんな時ばかりは、歴代の王たちは何も助言してこない。こうるさいおしゃべりをBGMに、ハインリヒはずっと思案に明け暮れていた。

< 1,871 / 2,065 >

この作品をシェア

pagetop