ふたつ名の令嬢と龍の託宣
 耳元でそう言うとジークヴァルトはリーゼロッテの手の中に彼女の力を集めていく。緑色の濃厚な力を手の内に感じる。それは急速に集まってきゅうぅっと小さな塊となった。

「あ……」

 リーゼロッテの小さな声と共にその力は解放された。

 目の前の異形の者に向かって放たれた力は、そのドロドロの体を一瞬で包み込んでいく。異形の崩れた体はキラキラと光る粒子になって柔らかく溶けてふわりと消えた。

「おお、なんと素晴らしい。こんなに穏やかな浄化は初めて見ます」

 マテアスがパチパチと手をたたいた。リーゼロッテはぽかんとした様子で異形が消えた場所を見つめていた。

 その油断が命取りだった。リーゼロッテは次の瞬間、無防備な口の中にクッキーを詰め込まれた。

「むぐっ」

 最近のリーゼロッテは淑女にあるまじき声を上げてばかりいる。マナー教師のロッテンマイヤーさんに知れたらただでは済まないかもしれない。涙目で咳込みながら、リーゼロッテは振り返りジークヴァルトの顔を見上げた。

「ヴァルト様、お願いですから突然クッキーを差し入れるはやめてください」
「そうですよ、旦那様。そこはあーんとやってさしあげないと」

 マテアスがお手本のように自分の口をあーんとさせた。それを見たジークヴァルトはしばらく動きを止めた後、おもむろにテーブルの上のクッキーを一つ摘み上げた。

「あーん」

 感情のこもらない平坦な声でリーゼロッテの口元にクッキーを差し出してくる。それも完全な無表情でだ。

「なっ」

 膝の上で抱えられていてはリーゼロッテに逃げ場もない。狼狽しているすきに、結局クッキーは口に押し込まれた。


 今度はむせはしなかったが、上がる血糖値とは裏腹にリーゼロッテの精神はガリガリと削られていくのであった。

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