ふたつ名の令嬢と龍の託宣 -龍の託宣1-
 ――その時、脳裏に自分のものではない意識がねじ込まれてきた。こんなことをしてくる(やから)は、ジークヴァルトの知る限りひとりしか存在しない。

 ぎゅっとまぶたを閉じると、目の前にリーゼロッテの姿が浮かぶ。彼女は座ったまま瞳を閉じていた。その顔にどんどん近づいていく。まるで口づけを交わすかのように。

 自分の守護者の楽しそうな気配まで伝わってくる。――リーゼロッテの唇まで、もう少し。
 ジークヴァルトは舌打ちと共に、その怒りを爆発させた。

「お前、どういうつもりだ」

 唸るように言ってジークハルトを睨みあげる。気づくと、腕の中にリーゼロッテを引き寄せていた。

『どうもこうも。こうすればヴァルトが飛んでくるでしょ?』

 頭の後ろで手を組みながら、ジークハルトは宙であぐらをかいたたままニコニコと笑っている。

 ここはリーゼロッテに用意した部屋のようだ。自分の部屋とは屋敷の正反対の場所にある。瞬間移動でもしたのだろうか。こんなことは初めてだったが、今はそんなことはどうでもよかった。
 自分のいない間にリーゼロッテにまとわりつくとは。己の守護者であっても許しがたかった。

『ほら、リーゼロッテ。ヴァルトにお願いがあるんでしょ?』
「え? ええ、お願い……お願いですわね」

 リーゼロッテも混乱しているようだ。腕の中でぽかんと口を開け自分を見上げている。

 薄く開かれた小さな唇に、目が吸い寄せられる。ちりとした欲望を感じた瞬間、周りの空気がざわついた。

 次の瞬間、ジークヴァルトは舌打ちをして、リーゼロッテを腕から離した。このまま暴走すると、この部屋まで大変なことになる。
 乱暴に立ち上がると、ジークヴァルトは己の守護者をねめつけた。

『ははっ、ヴァルトもたいへんだ』

 緊張感のないジークハルトの声が響く。


 一触即発なジークヴァルトの雰囲気に、リーゼロッテはただおろおろとするばかりであった。

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