ふたつ名の令嬢と龍の託宣
『ははは、同調してる同調してる』

 ジークヴァルトが指を動かすたびに、机に上にあった書類やペンが飛び散った。テーブルや調度品がカタカタと震え、異形の者たちが大きくざわめきはじめる。

「あああ、ヴァルト様! 仕事サボって何やっちゃってるんですか!」

 青ざめたマテアスが慌てて駆け寄ってきた。

「ああ! 修理したばかりの置き時計がっ」
 
 マテアスの悲鳴に近い叫び声がこだまする。

 リーゼロッテの唇を(もてあそ)び続けるジークヴァルトに、それに呼応するように周りで騒ぎだす異形たち。がっちゃがっちゃとひっくり返る部屋の中、真っ赤になったリーゼロッテからまき散らされる浄化の光に、巻き込まれては消えていく異形の数々。

「あああ、渾身(こんしん)の執務室が……」

 目の前の惨状にマテアスががくりと膝をついた。灰となったマテアスを、その後ろでエマニュエルがツンツンとつついている。

 そんなカオスな様子をジークハルトは、それはそれは楽しそうに眺めやっていた。


 自動書記で浮世絵美人が描かれた領地の書類は、後日そのまま王都に送られて、何事もなく王の執務室へと届けられた。

 書類を(まく)ったディートリヒ王の手がほんの一瞬だけ止まり、その口元にうっすらと笑みが浮かぶ。

「ラウエンシュタインの聖女か」

 そう呟くと王の笑みが深まった。

 滅多なことでは笑わない王の笑顔は、見た者を幸せにするという。そんな貴重な笑みを目にした者は、残念ながら、誰ひとりとしていなかった。

< 557 / 678 >

この作品をシェア

pagetop