ふたつ名の令嬢と龍の託宣
 ベッティの手つきは無駄がなく、てきぱきとリーゼロッテを着替えさせていく。発言は無茶苦茶だが、侍女としての技能はエラも両手離しにほめていたほどだ。なんでも彼女は、王城からの紹介状を(たずさ)えて、最近公爵家にやってきた侍女らしい。

 リーゼロッテはおとなしくスツールに腰かけて、そんなベッティのなすがままに髪をいじられていた。

「本日は旦那様がお屋敷に一日おられるのでぇ、ハーフアップにして髪は後ろに流しておきますねぇ。旦那様は、リーゼロッテ様の髪を指でお()きになるのが、たいへんお気に入りのようですのでぇ」

 リーゼロッテの羞恥(しゅうち)(あお)るようなことをさらっと言いつつ、ベッティはするするとサイドの髪を編み込んでいく。最後に深い青色のリボンを美しく結わえると、ベッティは腰に手を当てて満足そうに頷いた。

「完璧ですぅっ! 旦那様の瞳と同じ色のリボンが、旦那様の独占欲を刺激すること間違いなしですぅ!」
「独占欲だなんて……。ジークヴァルト様は義務として、婚約者のわたくしにやさしくしてくださっているだけなのよ」
「あれぇ? リーゼロッテ様はそうお感じですかぁ?」
「だって……それ以外は考えられないでしょう……?」

 あれは保護者(ほごしゃ)(だましい)(あら)ぶっているだけなのだ。昨日の晩餐で、子供の世話をするかの(ごと)くジークヴァルトは甲斐甲斐(かいがい)しかった。口もとについたソースを無表情でやさしくぬぐわれた時は、どれだけ幼児扱いなのかとあきれ果ててしまったほどだ。

 再びリーゼロッテが遠い目をして心を飛ばしていると、ベッティはふむ、と考え込む動作をした。

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