妖と餡子
「ん?」
 なんだろう、とモニターを覗き込む。家の前に深緑色の帽子を被って、柔らかな笑みを浮かべる宅配業者が立っていた。
「はい」
「卯の花おはぎさんに、お荷物です」
「あ、はい」
 テーブルの上に置いてあったハンコを持って、玄関まで小走りに行く。
「卯の花おはぎさんに、お荷物です」
「どうも」
 段ボール箱を受け取ると、リビングのテーブルに置く。ガムテープを雑に剥がすと、中から大量のデッサン帳と鉛筆を取り出した。
「これで安心して描ける」
 一人でニヤリと微笑むと、筆箱の入ったポシェットを肩にかけ、デッサン帳を持ってお気に入りの場所に向かった。
 そこは、広い神社だった。
 周りは木で囲まれているし、大通りから離れているから、騒音からもたくさんの人からも逃れられる。
 赤い鳥居からまっすぐお社へ伸びる石畳の参道と、質素な手水舎。砂利の中に立つ石灯籠と強面の狛犬。
「やっぱ、ここはいいなぁー」
 他の場所よりも“あいつ”が多い。
 頭が変に大きい奴。
 目だけでふわふわ浮いている奴。
 君の悪い笑みを浮かべて、手水舎の水で遊んでいる奴。
「新しい奴、いないのかな?」
 しかし、ここにいる“あいつ”らも全て描き終えてしまった。
 つまらない。
 雨宿りにぴったりのこの神社は、参拝客は呆れるほど少ない。常駐の宮司だっていないし、あちらこちら塗装が剥げてきている。市や県の管理が行き届いてないんじゃないかと、思うこともあるが、ここに人が増えてしまうと、私の心休まる逃げ場所がなくなってしまう。
『くひひひひ』
「うおい!」
 急に耳元で君の悪い笑い声が聞こえてきた。
『お嬢殿、今日も来られたんですか。くひひひひ』
「・・・・・」
『おや、聞いておられますかい?くひひひひ』
「あんたがいるってことは、雨が降るのね。雨女」
『そうでござんす。なんちって、くひひひひ』
 朝のニュースでは何も言いてなかったわよ、と天気予報氏を軽く恨みながら、私は雲ひとつない晴れ渡った青空を見上げた。
「あんたの笑い声の“ひ”っていつでも、四つよね」
『そうですかい?よく見ていただいて。くひひひひ』
 いつでもビチャビチャに濡れていて、顔色の悪い雨女から少し離れると、デッサン帳を開いた。
『また沢山書いてますね』
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