意地悪な副社長との素直な恋の始め方

ぼそっと呟いた頭上に、あの日から溜め込んでいたと思われる怒りの言葉が降り注いだ。


「変態、だと? 俺がどれだけ探し回ったと思うんだ! 靴も履かずに出て行って、電話も繋がらない。何か突発的な事件にでも巻き込まれたんじゃないかと思うだろうがっ! おまえを乗せたタクシー運転手を見つけ出すのに手間取って、危うく予定していたフライトに乗り遅れるところだった。……しかも、」


苦いを通り越し、物騒な表情でわたしを睨む朔哉は、耳を疑うようなことを言い出す。


「無理やりスケジュールを詰めて帰国したのに、行列のできるパティスリーのケーキが無駄になっただろうが」


それでは、まるでわたしの誕生日を祝うためだけに、帰国したと言っているようなものだ。


「うそ……だって……」


どうして、と喉まで出かかった問いは、鈍い振動音に打ち消された。

朔哉は無視しようとしたが、一向に鳴りやまないため、面倒くさそうに懐からスマホを取り出すと渋々応答する。


「もしもし……? ああ、いま終わったところだ。えっ? いや……聞いてない」


相槌を打つその表情が、どんどん険しくなっていく。
眉間に皺を寄せたまま、最後に「わかった」とだけ告げて、電話を切った。


「仕事の電話?」

「この後、オヤジと会うことになった」

「社長と?」

「付き添いは必要ない。偲月はまっすぐ帰れ」


本職の秘書ではないから、同行を求められなくてもしかたないが、タイミングの悪さにがっかりだ。


(もう少しで、朔哉の本音を確かめられたのに……)


「駅近く、フレンチの『SAKURA』まで」


やって来たタクシーに乗り込み、朔哉が告げた行き先は、一見さんお断りの隠れ家的レストラン。

本場フランスの星がつくレストランで修行したイケオジシェフがやっているというお店は、一年以上先まで予約が埋まっている超人気店だ。
お値段もそれなりにするので、庶民が気軽に行けるところではない。

そんな店で会うのだから、相手はかなり重要な人物なのだろう。


「何か食べたい菓子があれば、持ち帰りで頼んでやるぞ?」


ほどなくして目的地に到着し、タクシーを降りる朔哉の申し出に、本音がつい口をついて出た。


「マカロン!」


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