意地悪な副社長との素直な恋の始め方


「そろそろ出るか」


ベッドへ直行したくなる三歩手前でキスをやめた朔哉は、デスクの上の時計で病院の予約時刻が迫っているのを見て、溜息を吐いた。

本来の予約は三日前。
それが、海外支社との会議が通信トラブルでリスケになったり、競合他社同士の合併話が持ち上がり、対策に追われたりと、今日まで延期していた。

病院までの道のりはスムーズで、院内も予約診療のみの時間帯で空いている。

朔哉の傷の状態を見た立見先生は、あっさり抜糸。
経過は良好、神経の損傷も見当たらないという診断にホッとした。

ただし、傷口に施されたテーピングは、二、三か月ほど継続する必要があるとのこと。
診察室をあとにし、会計、薬局と渡り歩き、病院を出たのは五時を少し回った頃だった。

タクシー乗り場には、あいにく一台も車がいない。
社へ戻らず、直帰するつもりなので、「少し待てば来るだろう」と朔哉はのんびり構えている。


「ねえ……傷は、どう? もう痛くない?」

「ああ。痛みはないし、引きつれた感じがなくなってだいぶ楽になった。重いものでなければ、右手で持つのも問題なさそうだ。これまでのような不便は、だいぶ軽減されるだろう」

「……よかった」


心の底から安堵して、でもまだ終わりではないと気を引き締める。


「でも、無理は禁物だからね? 激しい運動もダメだし」

「偲月が協力してくれれば、激しい運動は問題ないと思うが?」

「は? わたし?」

「ああ」

「それって、どういう……」

「わからないのか?」


ニヤリと笑う朔哉が何を示唆しているのか察した途端、全身が熱くなり、額に汗が吹き出した。


「こ、こんなところで何を言い出すのよっ! バカっ!」


小声で抗議するが、朔哉は肩を竦めて惚ける。


「俺は何も言ってないのに、イヤラシイことでも想像したのか? ご期待にはぜひとも応えたいが、十日以上もお預けを食らっていたんだ。紳士的に振る舞うなんて約束はできないぞ」

「紳士って……いつ紳士的だったことがあるのよっ!?」

「ちゃんと手加減してやっているだろう?」

「どこがよっ!?」

「裸足で逃げ出せる程度に、止めてやっている」

「…………」


ハッとして振り仰ぐと、真顔でこちらを見下ろす朔哉と目が合った。


「あ、れは……」

「今度、黙って消えてみろ。鎖につないで檻に入れるぞ」


逃げ出したことを後ろめたく思ってはいても、そんな風に言われては、素直に謝る気になれない。


「……変態」


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