意地悪な副社長との素直な恋の始め方
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ヒラヒラと手を振るシゲオに手を振り返し、茫然自失の朔哉を引きずるようにして、店を出た。
ちょうど通りがかったタクシーを捕まえて、朔哉のマンションの住所を告げる。
あまりにも朔哉が無表情なため、心配になって話しかけてみた。
「ねえ、朔哉。むこうに泊まるんじゃなかったの? 芽依は……」
「偲月がいるのに、なぜ泊まらなきゃならない? 芽依は、帰国したらオヤジと住むつもりだったし、荷物も向こうに送っているから、置いてきた」
芽依が朔哉の部屋にいるのではないと知ってほっとしたが、わたしがいるから夕城の家に泊まらなかったという言葉の意味を測りかねた。
「わたし……?」
「おまえは、目を離すとすぐにいなくなる。案の定、今夜、俺が戻らなかったら、明日には消えるつもりだったんだろう?」
「そ、れは…………」
「シゲオのところへ行く気だったのか? 一緒に暮らしていたとは、どういうことだ?」
「あれはっ! シゲオとは京子ママのお店で偶然再会して、ナツのことも知っていて、それで、心配して同居するように勧めてくれて……でも、それだけだからっ!」
「それだけ? 俺には頼れなくても、あの男には頼れる。それだけ、心を許して、信頼しているってことだろう。家族だった、俺よりも」
「…………」
何を言っても、言い訳にしかならない気がした。
確かに、朔哉には言えないこともシゲオには言える。
でもそれは、他人だから。
傷つけ合わずに済む、ほどよい距離を保っていられるからだ。
朔哉が相手だと、目を合わせただけで、何一つごまかせなくなる。
どんなに言葉で否定しようとも、感情が、想いが、触れ合う身体から伝わってしまうから。
息苦しくなるほどの濃密な沈黙を保ったまま、朔哉の部屋へ帰り着いた。
リビングには、わたしが荷造りの途中で放り出したキャリーケースが転がっている。
そのままにしておくわけにもいかず、とりあえず片付けようとした身体が、いきなり浮いた。
「きゃっ……ちょ、さ、朔哉っ!?」
背後から抱えられ、運ばれた先は寝室のベッドの上。
どういうつもりかなんて、訊くまでもない。
朔哉は、わたしをうつ伏せにして、ワンピースのファスナーを下ろしながら、背中から腰へキスをしていく。
それだけで、酔ったわたしの身体は抵抗する力を失ってしまう。
されるがままに転がされ、下着を剥ぎ取られ、あらゆるところに降り注ぐキスが与える心地よさと微かな痛みを享受する。
でも、いつもと同じようで、同じではない。
そんな違和感を覚え、見上げた朔哉の表情は苦痛に歪んでいた。
「さ、くやっ!?」
傷が痛むのでは、と起き上がろうとしたが、覆いかぶさるように覗き込まれて、身動きできない。
「束縛しないように距離を置いても、手を伸ばせば届く距離まで近づいても、おまえはほんの一瞬、目を離した隙にいなくなる」
淡々とした口調なのに、黒い瞳に過るのは不安、葛藤、恐れ、迷いといった朔哉に似つかわしくない感情だ。
「どうすれば、捕まえられる?」
「…………」
「どうすれば、逃げない?」
「…………」
「どうすれば……俺のものになる?」