意地悪な副社長との素直な恋の始め方

笑いながら話している月子さんだけれど、当時はきっとものすごく落ち込んだにちがいない。


「夕城は、あんまりにも必死なわたしを見て、申し訳ないと思ったらしくって。自ら開発に携わったリゾートホテルのイメージモデルにならないかと言ってくれたの。口約束だし、きっと大したものではないと軽く考えて引き受けたんだけど……それは、国内外の顧客をターゲットにした国際的なプロジェクトだったのよ。ありとあらゆる媒体に広告を打ってね。おかげでわたしの顔も売れて、仕事が舞い込むようになったわ」


ラッキーだったと彼女は言うが、実力がなければ、いくらチャンスが巡ってきたとしても、掴み取ることはできないだろう。

それ以来、月子さんは『YU-KI』の仕事は何があっても断らなかったと言う。


「夕城の誘いにも、スケジュールが許す限りノーと言わなかった。何度か彼との仲を週刊誌に取り上げられたこともあったけれど、あくまでもいい友人としてのお付き合いだったの。美味しいものを食べて、美味しいお酒を飲んで、他愛のない話をする、そんな仲だったのよ。……彼女が結婚するまではね」

「彼女とは……芽依のお母さんですか?」

「ええ。彼女は、父親が政界を引退するタイミングで秘書の男性と結婚したの。彼女の結婚式の日、夕城に突然呼び出されてね。ホテルのバーへ行ったら……彼、すっかり酔っ払っていて。とても連れて帰れる状態じゃなくて、部屋を取ったわ。彼をおいて帰ることも、もちろんできた。けれど、どうしても彼をひとりにしておけなくて……。気づいてしまったのよ。彼のことが好きなんだって」


月子さんは、ほんの少しだけ唇に笑みを浮かべていた。


「彼女の身代わりとして、一晩抱かれるくらいなんてことはないと思ったわ。むしろ、願ってもいないチャンスだと思った。こんな時でもなければ、彼はわたしを抱いたりしないとわかっていたから。友人として好意を持ってくれてはいても、女として愛してくれているわけじゃない、そうはならないとわかっていたの。だから、彼の目が覚める前にホテルの部屋から立ち去ったし、妊娠しているとわかっても、彼に結婚を迫るつもりなんてなかった」

「でも、結婚した……んですよね?」

「ええ。忌々しいことに、夕城はどんなに酔っていても記憶を失くさないタイプなのよ」


一瞬、鼻の頭にシワを寄せ、憎々しいと言わんばかりの表情をした月子さんは、大きな溜息を吐いた。


「しばらくして、わたしが芸能活動を休止していると聞きつけた夕城は、指輪と花束と婚姻届と弁護士を用意して、結婚を申し込んできたわ。プロポーズの言葉は『君のキャリアを台無しにした責任を取らせてほしい』。ロマンチックの欠片もなかったわね」


まだ朔哉の命令のようなプロポーズの方がマシだと思った。


「そんな風にして始まった結婚生活だったけれど、彼はいい夫で、いい父親だった。妻として、家族として、愛されていると勘違いしてしまうほどにね」


辛い現実を表現した言葉とは裏腹に、月子さんはにっこり笑った。

どんな時でも美しく笑えるのが女優の証なのだとしたら、新井月子というひとは、まちがいなく大女優だった。


「……どうして、勘違いだったと気づいたんですか? いい夫で、いい父親だったのに?」

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