意地悪な副社長との素直な恋の始め方
わかりやすく目を泳がせながら言い訳する夕城社長に、朔哉は容赦せず、その必要はないと断じた。
「そんなの電話かアプリで遣り取りすれば済むだろ。そもそも、こんな時間に手ぶらで訪ねて行っても、門前払いを食らうのがオチだ」
「じゃあ、店に頼んでティラミスか、パンナコッタを持ち帰りにしよう!」
「待て、オヤジ! そういう問題じゃない!」
店へ戻ろうとした夕城社長は、引き止めた朔哉を振り返ると何とも悲しげな表情をした。
「月子さんには、ストレスが大きくなると甘いものを大量摂取する悪癖があるのは、朔哉も知っているだろう? 何度か身体に悪いと諭したんだけどね。どうあってもやめられないなら、食べるものを変えるしかない。だから、ヘルシーな甘味を差し入れていたんだ。ところが、今回の映画の件は、まったく初耳で……。しかも、急な出張のせいで手配ができなかったから、その埋め合わせをしたいんだよ」
夕城社長の健気な献身を知らずにいたらしい朔哉は、呆れ顔だ。
「差し入れって……ちゃんと受け取ってもらえてるのか? 実は、突き返されるか、捨てられるかしてんじゃないのか?」
「大丈夫だ。マネージャーに、僕の名前じゃなく朔哉の名前を出すよう頼んであるから。毎回、喜んで食べてると確認も取れている」
抜かりはないと胸を張る夕城社長に、朔哉の苛立ちが限界を超えたようだ。声を荒らげ、抗議する。
「勝手に息子の名前を騙るなよ! それに、ティラミスとパンナコッタ、どちらもヘルシーじゃないだろ!」
「今日のところは、それで我慢してもらって、明日の朝一番でキャロットケーキを差し入れるんだ。もう予約もしてある」
「だったら、ますます今夜行く必要はない」
「でも、ティラミスとパンナコッタ以上に、身体に悪そうなものを食べようとしているかもしれないだろう?」
「この時間なら、もう食べてるだろ。手遅れだ」
「そうとも限らない。撮影が押して、夜遅くまでかかることはザラにあるんだ。月子さんは自分の演技に納得がいかないと、たとえ監督がOKを出しても、撮り直しを要求するからね」
「だからって……」
「お話の途中、すみません!」
延々と続きそうな、父と子の力関係が逆転している遣り取りを止めたのは、流星だった。
「話の腰を折るようで申し訳ないのですが……偲月のことは、月子さんから直々に世話を頼まれていますし、俺が責任をもって送り届けますので、どうぞおかまいなく。家族団らんの邪魔はしたくないんです。な? 偲月」