意地悪な副社長との素直な恋の始め方


「……うん」


流星のやや強引な、しかしありがたい対応に、「うん」と言う以外に選択肢はなかった。

いま、彼らと一緒の車に乗る勇気はなかった。
芽依と対等に遣り合える強さも覚悟もないし、不機嫌な朔哉の態度に耐えられる自信もない。

朔哉は流星を一瞬睨みつけたが、夕城社長と芽依を促した。


「芽依、オヤジ……さっさと乗れよ」


夕城社長は大きな溜息を吐くと眉尻を下げ、困り顔でわたしに念を押す。


「偲月ちゃん……本当に、大丈夫なのかい?」


その「大丈夫」には、いろんな意味が含まれているのだろう。

夕城社長は、家族として、再び温かくわたしを迎え入れようとしてくれている。
それなのに、何の説明も相談もなく、月子さんのところへ転がり込んで、心配させているのが心苦しかった。

だから、自分のこと――わたしが話せることは、できる限り早急に、すべて自分の口から話したい。
それが、せめてもの誠意だ。

そう思った。


「あの……近いうちに、お時間いただけますか? お話ししたいことがあるんです」

「僕? それはもちろん、かまわないけれど……」


怪訝な表情をした夕城社長の視線が、わたしと朔哉の間を行ったり来たりする。
きっと訊きたいことは、たくさんあるはずだ。

けれど、紳士で大人で優しい夕城社長は何も言わないまま、先に後部座席に乗り込んでいた芽依に袖を掴まれ、車内へ引きずり込まれた。

走り去る車を見送れば、とにかく今夜はこれ以上の苦しさからも、痛みからも、逃れられる。

そう思い、朔哉が運転席に乗り込むのをぼんやりと見つめていたら、何を思ったのか流星が朔哉を呼び止めた。


「朔哉!」


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