意地悪な副社長との素直な恋の始め方


まさか、と思った。

けれど、案内された応接室で、サヤちゃんがコーヒーと一緒に持って来てくれたカラフルなマカロンを見て、朔哉の気遣いは本物だったと実感する。


「これ……『SAKURA』の?」

「偲月ちゃん、『SAKURA』のマカロン好きなんでしょ?」

「う、うん」

「副社長のリクエストで、オリジナルなんだって」 


マカロンには、桜の花と三日月を組み合わせたモチーフに、飾り文字で「S」と描かれている。


「マカロン版オートクチュールね! 洒落てるわぁ」


感心する花夜さんに、サヤちゃんはにっこり笑って頷く。


「副社長が交渉に臨んで、落とせない相手はいない。どんなに気難しい相手でも、最終的には副社長の思う通りの契約を結ぶことになる。本気になった副社長に、『NO』と言えるひとはいない。社内では、そう言われています」

「なるほどねぇ……。簡単には落とせない相手ほど、闘争心をかき立てられるのね、きっと。覚悟した方がいいわよ? 偲月」

「え、何の覚悟?」

「やぁねぇ、そんなこと、真っ昼間のオフィスで口にできるわけないでしょ!」


シゲオに結構な力で背中を叩かれ、手にしていたマカロンを危うく取り落としそうになる。


「乱れた私生活は問題だけれど、恋の噂くらいなら、むしろプラスのイメージが付く。事務所としては、ガッツリ稼げる仕事を貰えるなら、何も言うことないわ」

「か、花夜さん、恋の噂って? あの、」


シゲオと花夜さんに意味深な笑みを向けられて、何かとんでもないことが起きそうな予感に、不安が再び湧き起こる。

ここはぜひともマカロンを食べて落ち着きたいところだが、口紅が落ちてしまいそうで、齧りつくのは躊躇われた。


(メイク崩れたら、シゲオが激怒しそう……)


お持ち帰りできないか、恥を忍んでサヤちゃんに訊いてみようと思ったら、シゲオからお許しが出た。

「マカロン、食べていいわよ? せっかく用意してくれたんだし。ちゃんとメイク直しの道具もあるし」

「ほんとっ!?」

「マカロンが心残りで、大事な話に集中できなかったら困るもの」


そんなことはない……と言いたいところだけれど、食べてもいいならそれに越したことはない。


< 345 / 557 >

この作品をシェア

pagetop