意地悪な副社長との素直な恋の始め方
きっと、高校やバイト先の仲間たちは、これが「わたし」だとは気づかないだろう。
別人とまではいかなくとも、違和感がある変身ぶりだ。

ソワソワ、キョロキョロと落ち着かない気持ちで辺りを見回し、待ち合わせの五分前になって、ようやく人ごみの中に見慣れた姿を見つけた。


「朔哉っ!」


伸び上がるようにして手を振れば、彼はしかめ面で歩み寄る。


「大声で呼ぶな、バカ。恥ずかしい」

「だって、気づかないかと思って」

「気づかないわけないだろ。おまえは、黙っててもうるさい」

「は? どういう意味よ!」

「で、どこへ行くんだ?」

「えっと、いくつか候補があるんだけど、まずはココ。芽依が好きそうな雑貨を売っていて……」


スマホの地図アプリで、若い女性に人気があるセレクトショップの場所を指し示そうとして、ドキッとした。

朔哉がいきなり覗き込んで来たのだ。


(ち、近いってば!)


ベッドの上でさんざん触れ合っているのに、人目があると思うと恥ずかしさが込み上げる。


「歩いて十分くらいか。行くぞ」


動揺するわたしに気づくことなく、朔哉は背を向け、歩き出した。


「ちょっとっ! あっ……ご、ごめんなさい」


慌てて追いかけようとして、すれ違う人にぶつかりそうになる。


「ん、大丈夫。あれ? ねえ、どっかで会ったことない?」

「え?」


そのまま立ち去ろうとした腕を掴まれた。


「これも何かの縁だし、よければ……」


わたしの腕を掴んだ茶髪の若者は、にっこり笑う。

どうやらこれはナンパらしいと気づいたところで、誰かが若者の腕を掴んで引き剥がした。


「何やってんだ、偲月」

「さ、朔哉」

「コイツに何の用?」

「え。いや、別に」


背の高い朔哉に、しかも不機嫌な顔で見下ろされた若者は、そそくさと立ち去る。


「目的忘れてナンパされてんじゃない」

「なっ! 朔哉が先に行くからでしょっ」

「勝手に迷子になるな。子どもか、おまえは」

「こ、子どもじゃないっ!」

「さっさと行くぞ。モタモタすんな」

「ちょっと、何す……」


抗議の途中で声が出なくなった。



手を握られて。



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