意地悪な副社長との素直な恋の始め方
指を絡める恋人繋ぎではないけれど、大きな手にしっかり包まれる温もりに、頬が緩む。

でも、そんなデレた状態を見られるのは恥ずかしい。

並んで歩きながら、どうでもいい話――クラスメイトの恋バナやバイト先のファミレスにやって来る面白い客の話をしてごまかした。

雑貨屋では、女性客ばかりの店内で居心地悪そうにしている彼を見て笑い、下見のためにと言って、芽依が好きそうなレストランでちょっと贅沢なランチを食べた。

奢ってもらうつもりはなかったのに、わたしが化粧直しで席を外している間に、朔哉は会計を終えてしまっていた。

その後は、芽依お気に入りのジュエリーショップで、カップルのフリをして指輪やピアスなどを検討。わたしと朔哉の意見が珍しく一致して、小鳥をモチーフにしたかわいらしいネックレスを買った。

これで用は済んだと帰りたがる彼を引き留め、無理やりバースデーケーキも用意してくれるというカフェへ。

味を確かめるのだと理由をつけて、三種類のケーキを注文した。

朔哉からは何のプレゼントも貰えず、ロウソクを立てたバースデーケーキすらもなかったけれど、いままでで一番楽しくて、嬉しい誕生日だった。


テーブルの上に置いた彼のスマホが震え出すまでは――。


「もしもし……どうした? 芽依。いや、出先だけれど。ん? ああ、知ってる。え? 次の……?」


ためらうことなく電話に出た彼は、甘く、優しい声で答えていたが、わたしと食べかけのケーキをチラリチラリと見遣る。

芽依の電話には、心当たりがあった。


(そういえば、芽依が見たいって言ってた映画、今日が封切りだっけ)


学校の友人と見に行くと言っていたけれど、何らかの事情で約束が流れたのだろう。


(あと三十分あれば……完璧な誕生日だったのに)


いつだって本当にほしいものは、手に入らない。
泣いて縋っても、手に入らない。

だから、さも着信があったフリをして、鞄から取り出したスマホを耳にあてた。


「もしもーし、シゲオ? ん? ヒマしてるよー。え? カラオケ? 行く行くー! あ、ちょっと待って」


甘い声で芽依に応えつつ、ムッとした表情でこちらを睨むと言う器用な真似をする朔哉に手を振り、口パクで伝える。


『行けば?』


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