意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「月子さん……もう食べないんですか?」
「夜まで取っておこうかと思って。しばらく撮影もないし、夜更かししても大丈夫だから」
「そう……でしょうけど、でも」
「偲月さん、もうそろそろ出た方がいいんじゃないかしら?」
やっぱり体調が悪いのでは、と不安だったけれど、待ち合わせの時間に遅れたら、朔哉が大騒ぎするからと追い出されるように玄関へ連れて行かれる。
靴を履いたわたしを隅々までチェックした月子さんは、ふと思いついたように、ある情報をくれた。
「朔哉が、これ以上失敗を重ねるとは思いたくないんだけれど……念のため。『Claire』との対談記事を読んでみて? きっと、あの子がどれほど偲月さんのことを好きなのか、わかってもらえると思うから」
「対談記事、ですか?」
「ええ。夕城がこっそり見せてくれたんだけれど、今後展開する予定のプロジェクトと同時に発表する予定らしいわ。朔哉に言えば、ドラフトを見せてくれるんじゃないかしら」
「わかりました。訊いてみます」
「デート、楽しんできてね!」
そう言って優しく笑う月子さんが、鞄を手渡してくれる。
微かに触れた指先が、驚くほど冷たかったが、「いってらっしゃい!」と勢いよく背中を押され、玄関を出る。
拭いきれない不安と違和感。
でも、踏み込んでほしくないのかもしれないとも思う。
後ろ髪をひかれつつ、月子さんのマネージャーに連絡しようか、それともさっきの話からして、夕城社長を呼ぼうかどうしようか迷い、エントランスでぐずぐずしていたら、タクシーから降りて来た流星とバッタリ出くわした。
「お、偲月。出かけるのか?」
その手には、ケーキの箱が二つある。
ひとつは、透子さんと双子ちゃんへのお土産。もう一つは月子さんへの差し入れだろう。
「うん、そうなんだけど……」
「出かけたくないのか?」
「そうじゃないけど……月子さんが心配で」
「やっぱり体調が悪いのか?」
「わたしの前では、そんな素振りは見せなかったんだけど、アップルパイをワンホール食べきれなかったの」
「そりゃ……珍しいな」
「だよね?」
「差し入れ届けがてら、様子を見るか。何なら、透子を呼んでもいいし。あとのことは任せとけ」
「でも……やっぱり、一緒に様子を見に戻る」
こんな気持ちのまま、朔哉と会ってもデートを楽しめない。
忘れものをしたとか何とか、適当な理由をつけて、もう一度、流星と一緒に部屋を訪れ、本当に何でもないことを確認してから出かけようと思い直した。