意地悪な副社長との素直な恋の始め方


駅へ向かって歩くこと五分。改札を潜り、ホームに到達すると同時にタイミングやって来た電車へ乗り込む。
帰宅ラッシュが過ぎた車内は、さほど混雑しておらず、スマホを取り出しても迷惑にはならなさそうだ。


(どんな内容なんだろ……)


ドキドキしながら、開いた添付ファイル。記事は、『Claire』の魅力について、デザインの特徴を解説するところから始まっていた。
クレアさんの経歴や実績がさまざまなエピソードを交えて紹介され、朔哉との対談へと続く。

クレアさんと朔哉の出会いは、約一年前に遡る。
朔哉が、アポなしでサロンを訪れたのがきっかけ。
偶然目にした『Claire』のファッションショーの動画で、そのドレスに朔哉がひとめ惚れしたのだという。


――まさかの飛び込み営業、ですか?


インタビュアーを務める編集者のツッコミに、朔哉は苦笑い。


『気難しいと有名なデザイナーに、飛び込み営業をかける勇気はないよ』

『あら。そのわりには、ずいぶんと注文の多いクライアントだったけれど?』

『妥協するつもりがあるなら、最初から『Claire』に依頼しない』

『相変わらず、ひとをその気にさせるのが巧いこと』

『本音だ』


軽口の応酬は、二人がとても親しいことを示している。


――つまり、『Claire』を訪れたのは契約交渉のためではなかったということですね? では、何のために?


答えたのは、朔哉ではなくクレアさんだ。


『ウエディングドレスを注文するためよ』

――それは、個人的にということですか?

『そうよ。サロン自体、アポなしの訪問はお断りしているんだけど、男性がひとりで来るのは珍しいし、興味が湧いて、話だけでも聞いてみようと思ったの。スタッフが、ゴージャスな男性だと興奮気味に言ってきたのも、興味をそそられた理由の一つね。でも、朔哉のとんでもない要求を聞いて、そんな気持ちは失せたけれど』

――夕城副社長。一体、何を要求されたんですか?

『ごく普通のことだよ。彼女には内緒で、完璧に似合うドレスを作りたい』

『そう言われて、開いた口が塞がらなかったわ。いくらなんでも、見たことも、会ったこともない相手に完璧に似合うドレスなんて作れるはずがない。そう思わない?』

――そうですね。それに……ウエディングドレスに、憧れや夢を抱いている女性は少なくないですよね? プレゼントするのはステキなサプライズだとは思いますが、せっかく贈っても気に入ってもらえない、喜んでもらえない、ということもあるのでは……。

『当然、わたしもそう言ったの。彼女を連れて来てくれれば、彼の望みを叶えてあげられる、とね。でも朔哉は、自分が一番彼女に似合うものをわかっているから、大丈夫だの一点張り。説得するのも面倒になって、具体的にどんな人物なのか彼の口から教えてほしいと言ってみたの。まさか……』

――まさか?

『あんな熱烈な愛の告白を聞くことになるとは思わなかったけど』


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