意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「…………」
「でも、触れることすらできなかった。キスすら、できなかった。『そういうつもり』で触れることで、『兄妹』という絶対的な関係を失いたくないと思った。偲月に対するように、『兄妹』という関係を壊してでも、『家族』でいられなくなるリスクを冒してでも、欲しいとは思えなかったんだ」
あの時、芽依に触れそうで触れない朔哉を見て、彼がどれほど芽依を大事に思っているのか、わかった。
恋に限りなく近くて、恋にはならない感情だったとしても、朔哉にとって芽依はかけがえのない存在だ。
「芽依の気持ちに応えられないと気づいて……罪悪感を覚えた。芽依には俺しか頼れる相手がいないのに、芽依以上に大事にしたい存在を持つことは、芽依に対する裏切りのような気がした。後ろめたくて、つい芽依を優先してしまっていた。でも、芽依は『妹』で、『家族』だ。それは、これまでも、これから先も変わらない。でも、偲月は……」
期待と不安に揺れる気持ちをそのままに、わざとらしく言葉を切った朔哉を見つめる。
再び意地悪モードに戻った朔哉は、たっぷり三十秒は焦らした末、ようやく口を開く。
「俺にとって偲月は、『妹』ではあり得ない。『女』で、『恋人』で、『パートナー』で……『結婚したいひと』で、『この先の、長い人生を一緒に楽しみたいひと』だ」
我慢していたものが、堰を切って溢れ出す。
「……そ、んなの、聞いてない」
「言ってないからな」
「言ってよっ!」
「いま言っただろ」
「遅すぎる!」
「遅くても、最終的に間に合ったんだから、問題ない」
「あるっ!」
「ない」
「あるってば!」
「ない。問題があったとしても、これから解決する」
「どうや……ん、む」
言い合いは、朔哉のキスで強制的に終了させられて、ベッドに運ばれる。
太腿を這い上がる手に呼応するように、Tシャツの下、ちゃんと筋肉の存在がわかるぜい肉とは無縁の腹部に手を這わせ、耳朶を甘噛みされた反撃に、嫌味なくらい高い鼻に噛みつく。
ゆっくりと、愛を確かめ合う余裕なんてない。
言葉を交わすこともなく、熱に浮かされたようにただ抱き合った。
エゴイスティックな欲望をぶつけ合い、いままでの空白を埋めるように、夢中で互いの熱を貪った。
おかしくなりそうなほど気持ちよくて、泣きたくなるほど隅々まで満たされる。
全部吐き出して、全部をさらけ出して、理性も感情も、ぐちゃぐちゃになるほど思いきり求め合った先でしか、見つけられないものがある。