意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「ずっと、芽依のために、芽依が望むことで俺にできることがあるなら、何でもしてやりたい、何でもできる。そう思っていた。だから、芽依の気持ちを受け入れて、これまでと変わらない日々を過ごす。そうすれば、芽依も俺も、穏やかな日々を送れる。そう思っていた」
「芽依の、気持ちに……気づいていたの?」
「気づいていた。気づかないわけがないだろ? ずっと一緒に育ってきたんだ。どんな変化もわかる。俺も芽依も、お互い以上に大事な存在はいなかったし、芽依に対する気持ちは、限りなく恋に近かった。恋だと思い込むことも難しくはなかっただろう。もしも、」
痛みと苦しさで、息が詰まる。
でも、いまここで逃げ出しては、同じことの繰り返しだ。
ゆっくり息を吐き、その先に続く言葉を待つ。
朔哉は、ドライヤーのスイッチを切ると、わたしの身体をソファーの上に引き上げた。
じっと見つめられ、目を逸らせない。
黒い瞳には、泣きそうな顔をしたわたしが映っている。
大きな手が、ゆっくりと頬を包み込み、神様の不公平さを体現している整い過ぎた顔に、見慣れた意地悪な笑みが浮かぶ。
「もしも、偲月に出会わなければ」
「わた、し……?」
「偲月は、同じ『妹』でも、芽依と何もかもちがっていた。生意気で、騒がしくて、ひとの言うことを聞かなくて、好き勝手する。偲月といると、神経を逆なでされてイライラする。でも、無視すればいいのに、無視できない。話しかけなければいいのに、からかいたくなる。偲月といると、自分でもそこにあると気づかなかったものが見える。いつも見ていた景色が、まったくちがうものになる。聞き慣れた月並みな言葉が、別の意味を持つ。予測不能で、想像もつかないことを経験させられる。始終、落ち着かない気持ちにさせられる」
それは、褒め言葉ではなく……まるで苦情だ。
「な、によ……いまさら。文句があったなら、その時言えばいいじゃない」
「文句じゃない。本音だ」
「ほ、本音って……」
「偲月といると、『妹思いのいい兄』ではいられなかった。みっともなくて、醜くて、身勝手な自分をむき出しにされる。他の男の存在に嫉妬して、頼りにしてもらえないことに無意識にイラついて、いつまでも縮まらない距離がもどかしくて、そんなメチャクチャな感情にイラついて……。それでも、欲しいと思うのをやめられなかった。自分のものに、自分だけのものにしたかった。あの日、」
意地悪な笑みが消え、自嘲の笑みが取って代わる。
「眠っている芽依を見下ろしながら、いまの関係を壊してまで、手に入れたい関係があるのか。偲月に感じているような、欲を芽依にも抱けるのか。兄ではなく、ひとりの男として芽依を抱けるのか……自問自答していたんだ」