意地悪な副社長との素直な恋の始め方


「で、今日呼び出したのは、何のためだ?」

「朔哉に頼みたいことがあって……これ、偲月ちゃんに渡してほしいんだ」


福山が差し出したのは、銀行名が印字された封筒だ。
一センチ程度の厚みがある。


「偲月に?」


封がされていないので中を覗くと、帯封付きの一万円札の束が入っていた。


「ナツが元カレに貢いだ偲月ちゃんのお金。ちょっとずつ本人に返そうとしたんだけど、受け取ってもらえなかったんだってさ。少し早い出産祝いだって言って。だから、朔哉から返してほしい」


彼女――ナツが、半ば元カレに騙されるような形で偲月の全財産を盗んで駆け落ちしたことは、自分も巻き込まれたので知っていた。

その後、彼女が働いてその時の金を返すつもりだと聞いたが、偲月が受け取らずにいたとは初耳だ。

でも、それも不思議ではないと思った。

学生時代から貯めていた金を男に貢いだ友人を切り捨てることなく、いまも付き合いを続けていて、結婚式では友人代表として俺と同じくスピーチをするくらいだ。

おひとよしで、怒りや恨みを持続させない心の広さ、いろんな人間を受け入れる寛容さは偲月の長所だと思うが、過ぎれば短所にもなる。

ただでさえ、不運や予想外の出来事に見舞われる人生なのだ。
進んで厄介ごとを引き寄せることはないだろう。

そんなことを言ってみたところで、右から左へ聞き流す……もしくは、よくわからない言い訳を並べて反論するだろうが。


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