意地悪な副社長との素直な恋の始め方

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芽依が、「コンシェルジュになりたい」と言い出したのは大学卒業間際だった。
基本的に娘の望みは何でも叶えてやりたがる父は、珍しく大反対した。

ホテル業界は、長時間労働の割には給与が安く、精神的にも、肉体的にもキツイと言われる。離職率、転職率の高さは、かなりのものだ。

『YU-KIホールディングス』傘下のホテルでは、貴重な人材の流出を防ぐため、長時間労働の改善、長期休暇の確保、福利厚生の充実など様々な手を打っているが、なかなか歯止めがかからないのが現状だった。

そんな裏事情を知っているからこそ、父は反対したのだが、芽依は頑として意思を曲げなかった。
ダメなら他社へ行くとまで言い出したので、一年間は様子を見るという条件で、彼女を特別扱いしないであろう、海外の老舗ホテルで研修させることにした。

ベルからフロント、ハウスキーピングにバンケット、リザベーションから、セールスにファイナンス、HRまで。
幹部候補の新入社員は、五、六年かけてありとあらゆる職種をひと通り学ぶのだが、芽依はそれを一年でやりきってみせた。

芽依が本気だと認めた父は、彼女を「娘」ではなく、ひとりの「優秀な社員」として育てると決めた。

今回、北米に研修と言う名目で派遣したのも、その能力を買ってのことだ。

数年前から、全米一の巨大ホテルグループ『ウォード・インターナショナル』と新たなブランドを立ち上げる計画を進めていたが、来春、新ブランド第一号となるホテルを日本にオープンすることが決定した。

オープニングスタッフには、双方から選りすぐりのメンバーを出し合うことになっていて、父は芽依にスタッフの人選、現場での調整役となるよう命じ、『ウォード・インターナショナル』の拠点である北米での視察研修を課したのだ。

芽依は、持ち前の人当たりの良さで、経営陣――ウォード一族の懐に潜り込むことに成功し、プライベートでの付き合いにも呼ばれるほど親しくなり、期待に応えるどころかそれ以上の働きをしてくれた。

父は、そろそろ日本に戻って、次のステップへ進んでもらうつもりのようだが、芽依の気持ち次第では先延ばしにすることになるかもしれない。

偲月を、母を排除しようとして、嘘や虚言を繰り返したことを認め、謝罪した芽依が、日本を――夕城の家を離れて一年になる。

時間と物理的な距離は、気持ちを整理するのに十分だったのか。
それを確かめるのは、芽依を追い詰めてしまった自分の役目だった。

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