意地悪な副社長との素直な恋の始め方


*****



朔哉に応急手当を施してくれた男性がわたしたちを連れて来たのは、市の基幹病院。立見総合病院だった。

なんと、彼はそこの跡取り息子で医者。次期院長だという。
ひとは見かけによらないものだ。

市内では一番大きく、多数の診療科を擁する病院は、夜間の救急対応もしている。処置室のある一帯は眩しいくらいに明るかった。

明るい場所の方が安心できるはずが、無機質な光に煌々と照らされる白い世界は冷たく、容赦ない。消毒薬の匂いと絶え間なくアラートを鳴らす機械音が不安を煽る。

処置室前のベンチに座り、耳を塞ぎたくなる気持ちをどうにか押し殺していると、聞き覚えのある声がした。


「偲月ちゃんっ!」


廊下の向こうから、慌てた様子の元継父――夕城社長が足早にやって来る。
スーツ姿、三十分と経たずに駆けつけたところを見れば、まだ仕事中だったのかもしれない。


「朔哉が怪我をしたって聞いて……偲月ちゃんは大丈夫なのかい?」


朔哉のことが心配でたまらないはずなのに、わたしの心配までしてくれるなんて、相変わらず優しい人だ。

だからこそ何の関係もないのに巻き込んでしまった罪悪感が、胸を押し潰す。


「だ、だいじょうぶ、です。でも、わた、わたし、のせいっ……さ、朔哉は、わたしを庇ったせいで、怪我をしてっ……ゆ、夕城しゃちょ……ごめ、ごめんなさい」

「朔哉は男なんだから、多少の怪我は勲章だ。偲月ちゃんが無事でよかったよ」

「で、もっ」

「大体の話は、京子ママから聞いた。怖かっただろう? でも、もう大丈夫。うちの弁護士を通して警察へ連絡したら、彼女はすでに自首していたよ」


継父の連絡先を知らず、京子ママ経由で連絡してもらったのだが、かいつまんで事情を説明してくれたのだという。


「ルームメイトが……彼女のカレシと駆け落ちしたんです。それで……」

「うん。偲月ちゃんのこと、ルームメイトの友だちだと勘違いしたみたいだね」


襲われた時は、気が動転して彼女の正体に思い至らなかったけれど、改めてその言動を振り返れば、「ナツ」だと思われていたのだとわかる。


「だから、偲月ちゃんは何も悪くない。巻き込まれた被害者だよ。今回の件で責任を感じる必要はないからね? あとはむこうの弁護士と話をして、事を収めるだけだ。もう、心配いらないよ」


< 62 / 557 >

この作品をシェア

pagetop