政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
 実家で猫を飼っていたとはいえ、柚子は猫のお産に立ち会ったことはない。そもそも実家で飼っていた猫が子猫を産んだことはなかったからだ。
 はじめての出産を迎えるクロと、はじめて出産に立ち会う柚子、……無事に乗り越えられるだろうか。
 その時、玄関の方で人の気配がしたような気がして、柚子は顔を上げた。
 翔吾が帰ってきたのだろう。
 朝彼は、今日は遅くならないと言っていた。
 しばらくすると翔吾がリビングへやってくる。そして電気をつけて首を傾げた。
「柚子、どうしたんだ? 電気もつけないで」
 尋ねられて、柚子はクロを抱いて立ち上がる。
 とにかくこの状況を彼に説明しなくてはならないことは確かだった。
 でもすぐには言葉が口から出てこなかった。
 なにからどう説明すればいいか、まったくわからないからだ。
 まだ頭は、病院でクロの妊娠を告げられた時の動揺から完全に抜け出せていないようだ。
 翔吾が眉を寄せた。
「なにかあったのか? 顔色がよくないぞ」
 そしてソファから動けない柚子にゆっくりと歩み寄る。
 柚子はその彼を見つめながら、こくりと喉を鳴らした。
「あの……」
「大丈夫か?」
 その問いかけに頷いて、柚子はゆっくりと口を開く。
 とりあえず、一番大事なことを伝えよう。
「あの……、あのね、翔君」
「うん、……どうした?」
 翔吾が、続きを促すように頷いた。
 柚子は一度小さく息をはく。そしてついにその言葉を口にした。
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