政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
「あの……、実は、に、妊娠していたみたいなの……!」
 腕の中のクロを抱きしめて、背の高い彼を見つめると、クロが柚子の言葉に合わせるようににゃんと鳴いた。
「妊娠……?」
 翔吾の方もやはり衝撃を受けたようだ。
 黒い切れ長の目を見開いて呟いたきり絶句している。
 柚子は不安な気持ちのまま頷いた。
 彼の実家は確かシェパードを飼っていた。だから彼は、猫を飼うのははじめてなのだ。
 それなのに、いきなりお産なんて……と思っているのだろう。
 柚子は彼を見つめたまま、掠れた声を漏らす。
「どうしよう……、翔君」
 ふたりの間に走るなんともいえない緊張を敏感に感じ取ったように、クロが柚子の腕から飛び降りた。
「あ、クロ、待って」
 柚子は慌ててクロを捕まえようとする。
 でもその瞬間、突然翔吾に抱きしめられた。
「⁉︎」
「柚子……!」
 自分を包む温もりが、翔吾だということに、柚子はすぐには理解できない。凍りついたように動けないまま、息を呑んだ。
 頬に触れる少し冷たいスーツの感触、頭に感じる彼の吐息に抱きしめられているのは確かだと思うけれど、それでも今自分の身に起こっていることがとても信じられなかった。
 翔吾が、柚子の髪に頬を寄せたまま、力強く囁いた。
「大丈夫、不安になることはない。大丈夫だから。柚子はなにも考えずに、ただ身体を大事にすればいい」
 その言葉に、柚子はもう一度息を呑む。そしてようやく、自分の言葉が足りなかったことに気が付いた。
 彼はクロではなく、柚子が妊娠したのだと思っている。
 でも柚子はすぐには訂正することができなかった。
 頭の中がプチパニック状態だったからだ。
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