政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
 その言葉に、柚子は金縛りにあったように動けなくなって、思わず泣きだしそうになってしまう。
 ひとり家で彼を待つ間のことを気にかけてもらえたのもはじめてだった。
 ……本当は、今言うべきなのだと柚子は思う。
"翔君、妊娠してるのはクロで私じゃないの。勘違いさせてしまってごめんなさい"
 だからいつもどおり放っておいても大丈夫なのだ、と。
 でもそう口にしかけた柚子の脳裏に、もうひとりの弱い自分の声が浮かぶ。
 今だけ、彼が仕事に行っている間だけ、このままこの幸せに浸っていたい。
 彼は今は柚子を気にかけてくれているけれど、一歩家を出れば仕事のことで頭がいっぱいになるはずだ。
 だからこのままでも仕事には影響しない。
 だったら、勘違いを訂正するのは彼が帰ってきてからでもいいんじゃない?
"急いでいるみたいだったから"と後で言い訳をして。
 そしたら柚子は今夜だけ、彼に愛されているみたいな気分のまま、夜を過ごすことができるのだ。
 いつもみたいな寂しい夜を過ごすのではなく……。
「柚子? 本当に大丈夫なのか?」
 急に黙ってしまった柚子を翔吾が心配そうに覗き込む。
 その瞳はやはり優しさに満ちている。
 柚子は彼をジッと見つめて唇を噛む。
 ……翔君、ごめんなさい。
 そしてゆっくりと首を振った。
「大丈夫、心配しないで。……いってらっしゃい」
< 28 / 108 >

この作品をシェア

pagetop