政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
 珍しく少し歯切れの悪い言葉を口にして、翔吾が迷うように柚子を見ている。その視線に、ぼんやりと彼を見つめていた柚子はハッとした。
 この電話の調子から彼が今から現場に行かなくてはいけないのは明白だ。
 副社長として多くの案件を取りまとめる彼からしたら、珍しくもないよくあることだった。
 いつもなら彼はすぐに飛んでいっただろう。
 それなのに、今はどうも歯切れが悪い。柚子のことが引っかかっているのだろう。
「ああ、そうしたいのは山々なんだが、今はちょっと……」
 柚子は慌てて彼のシャツを引っ張る。そして柚子は必死で首を振った。
「翔君! 私のことはいいから、行って!」
 電話の相手には聞こえないくらいの声で言う。
「でも……」
 翔吾が口の動きだけで答えた。
「私は、大丈夫だから!」
 柚子の言葉に、翔吾は少し考えて、ようやく納得をして頷く。そして電話の相手に「すぐ行く」と告げた。
「帰りは、夜中になると思う。柚子は先に寝てて」
 電話を切った翔吾はいつもの言葉を口にする。
"遅くなる。先に寝てて"
 いつも彼はそう言って、このマンションに柚子をひとり置いてゆく。
 でも今日は少し違っていた。
 柚子を抱く大きな腕にギュッと力が込められる。そして耳に優しい言葉が囁かれる。
「ひとりにしてごめん。なにかあったらいつでもいいから、携帯を鳴らして」
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