政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
 たくさんの賞に輝き、皆の期待に応えられる、そんな姉も素敵だけれど、だれも注目しないような爬虫類の水槽をいつまでも眺めていられる柚子だって同じくらい素敵なのだ。
「……私、なにも取り柄もないけど、それでもいいってこと……?」
 唖然として柚子は呟く。
 翔吾が柚子の肩に手を置いた。
「柚子には柚子にしかないよさがある」
 そして柚子を優しく抱き寄せて、大きな腕で包み込んだ。
「柚子はどんな小さなことでも楽しめる、柚子の笑顔は周りを明るくさせてくれる。それからいつも相手の気持ちを考えて、時には自分の気持ちを譲ってまでその人を願いを叶えるんだ。……これは誰にでもできることじゃないんだよ」
 翔吾の大きくて温かい手が、そっと柚子のお腹に添えられた。
「ここに、俺たちの新しい命がある」
 もちろんそれは、彼の誤解。
 でも目を閉じてお腹の温もりを感じれば、まるで本当にそこに小さな命があるように感じられた。
「この子に、柚子はなにを求める? 特別な才能? なんでもできる素晴らしい能力?」
 静かな翔吾の問いかけに、柚子は考えを巡らせる。今だけ感じられる小さな鼓動が、とくんとくんとそれに応える。
 柚子はゆっくりと目を開けて、感じるままの言葉を口にした。
「ただ……笑っていてほしい」
「そう」
 温かい囁きとともに、力強く抱きしめられる。
 大好きな彼の香りに柚子はすっぽりと包まれた。
「それだけでいいだろう? それだけで、俺たちにとっては特別な命だ。そしてそれは柚子だってまったく同じなんだ」
 たくさんの思いが柚子の頭を駆け巡った。
 バレエの発表会の日に、舞台の隅っこで一生懸命踊ったこと。母も姉も、柚子の笑顔が一番だったと言ってくれた。
 ピアノの発表会、頭が真っ白になって途中で止まってしまったけれど、なんとか最後まで弾くことができた。
 逃げ出さずによくやったと、先生は褒めてくれたっけ。
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