政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
翔吾の思い
「副社長、株式会社アトリスの社長からお電話が入っておりますが」
 朝比奈グループ本社の副社長室で、午後からの会議資料を読み込んでいた翔吾は、秘書に声をかけられて顔を上げた。
「……お出になられますか?」
 やや遠慮がちに、迷うように秘書は言う。
 普段は有能な彼がこんな風に翔吾に問いかけるのは非常に珍しいことなのだが、これにはわけがある。
 まず、株式会社アトリスが朝比奈グループの正式な取引先ではない。さらに言うと今電話をかけてきているというアトリスの社長と翔吾は、少々訳ありの関係だ。
 通常であれば翔吾に繋ぐべき類の電話かどうかくらい瞬時に判断できる彼が、どうするべきかわからなくても仕方がないことだった。
 翔吾は資料を置いて彼を安心させるように頷いた。
「出るよ」
 そして受話器を取った。
「朝比奈です」
《久しぶり》
 こちらが名乗るとすぐに打てば響くような返事がある。
 聞き慣れたその声と元気そうな様子に、翔吾は少しだけ安堵して、副社長椅子に身を沈めた。
「あぁ、久しぶり。元気そうだな、沙希」
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