下弦の月
出社すると、私よりもいつも遅いはずの栞ちゃんが先に来ていて。




すでに、部長も来ていて。



昨日のネクタイを締めてくれていたから、



胸がドクッと跳ねた私ではなく。




栞ちゃんを呼びつけて、ここからでは聞き取れない…やり取りをしていた。





栞ちゃんが自分のデスクに戻って来るなり、





「部長と何かありました?」





小声で隣の席の私に問い掛けた。




今のやり取りの内容はわからないけれど、



栞ちゃんが聞いてきたって事は私絡みだという察しは付いた。




この子は以外と勘が鋭いから。



それに、口は固い。





「あとで、ゆっくり話すね。」





栞ちゃんと同期の大島さんの視線を感じて、




そう、伝えると。



同じ視線を横目で確認して、




わかりました。と返事してくれた。






大島さんは、部内でも誰もが気付いている。




部長を狙っているってこと。





栞ちゃんは、同期だけど大島さんは苦手らしい。



好き嫌いは、ハッキリした子だから、



どちらかと言うと嫌い。と前に言っていた。






パソコンの電源を入れた私の後ろに、



いつの間にか立っていた部長が手にしていたファイルで、





「早く、仕事しろ!」





と、頭を軽く叩かれて。





「すいません。」





謝って、椅子から立ち上がって見上げると。





今、私を叩いたファイルを渡して。





「この書類、よろしく。今から名古屋に出張だから…頼んだぞ。」





それだけ伝えて、部内を出て行った。






部長に渡されたファイルを見ると、



薬品の発注書だった。




在庫を調べて発注書に記入して、工場にファックスしとけ。




ということだ。





そのファイルの中には、小さなメモ紙が入っていて。




部長の私用の連絡先と“何かトラブったら一人で解決しようとするなよ。”



と、前から思っていた癖はあるけれど綺麗な字で書かれていた。





私達、営業は会社から至急された携帯を持って、



部内の人との連絡もほとんどソレを使う。





だから、私が私用の連絡先を知っているのは栞ちゃんと。




二つ歳上の女性で私を一人前にしてくれた篠田先輩くらいだ。
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