下弦の月
桜は満開になったけれど、




なかなか花見をする時間なんてあるわけではなく、




一人、桜を眺めていると。









「月香!」





背後から、柔らかい声がして振り返ると。






原田さんと永倉さんが立っていた。








「どうしたんですか?」







「俺達も花見だ。」






永倉さんが、そう言うから、






「お酒がないのは寂しいですが、一緒に少しだけ花見しましょ?」






と、微笑むと。






桜の木の根元に座って三人だけの花見をする。








「土方さんが、言ってました。江戸にいた頃は毎日のように宴会してたって。」






「ああ。昼間っから酒を飲んでたな。」







「懐かしいよな。京に来てからは、巡察もあるし皆で宴会なんて出来ないけどな。」







「ああ。ところで、月香は土方さんに伝えねぇのか?」






それが何なのか、すぐにわかったけれど。




原田さんに首を振った。







「伝えません、まだ。今、伝えても私の気持ちは土方さんの重荷になります。これ以上、土方さんに荷物を背負わせたくないんです。土方さんなりに大切にしてくれてる気がするし、今はそれだけで充分です。」








「それでいいんじゃねぇか。月香ちゃんが、そう思うならな。」






「永倉さん…ありがとうございます。」







ニッと歯を見せて、笑ってくれて大きな剣ダコの出来た手で、



頭をクシャッと撫でてくれた永倉さんの言葉が温かく感じた。



「原田さんこそ、八重とはどうなんですか?」







「俺か?俺は……八重とは何もねぇよ。八重には想ってる奴がいるからな…」







「それって…もしかして…」






「そうだ、月香が今…頭に浮かんだ奴なんだが…そいつは疎いというか…八重の気持ちなんて気付きもしない。」






切なそうに、原田さんが答えるから。





原田さんは八重を好きなんだ、と気付いた。







「なあ、八重ちゃんが好いてんのは誰だ?」






全く、わからない様子の永倉さんに……





「絶対に他の奴等に話すなよ?」






釘を指してから、永倉さんに原田さんが耳打ちをした。






「まじかよ!でもよ、口説かないなんて佐之らしくねぇな。」







「俺は…口説かなくても、女に不自由はしてねぇよ。」







「そうだったな、お前はもてるからな。」







「色男ですもんね。」







「月香までそんな事、言うのかよ。」







三人で、笑い合っている私達な頭上から……






花びらがハラハラと舞い落ちていた。
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