偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「準備をするから、着替えたらダイニングに来てね」


心中を悟られないよう精一杯平静を装って、踵を返す。

その瞬間、ふわりと背中に温かな体温を感じた。

首筋に微かにかかる吐息に無意識に肩が跳ねる。


「――ただいま」


艶のある低い声が耳に届く。

お腹にまわされた片腕の感触に心が乱れる。


「か、櫂人さん?」


「帰宅の挨拶を返していなかったから」


「お帰りなさい……」


頬に熱がこもるのがわかる。

きっと今の私の顔はゆでダコのように真っ赤になっているだろう。

再度たどたどしく返事をする私に、クスリと彼が声を漏らす。


「可愛い妻に迎えてもらえるのは嬉しいな」


首筋とこめかみに触れる柔らかな感触に、キスをされたのだと悟る。

優しくも甘い仕草に息を呑む。


「着替えてくる」


何事もなかったかのようにするりと腕がほどかれる。

自室に向かう櫂人さんを見送った私はしばらく動けずにいた。
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