偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「――美味いな」


スプーンを口に運んだ彼が料理の感想を口にする。


「あ、ありがとう」


なんの隠し味もひねりもない、至極一般的なビーフシチューを褒められるなんて思いもしなかった。

一緒に作った春雨サラダとチーズ春巻きもすべて律義に食べてくれた。

広い六人掛けのダイニングテーブルに向かい合って座っているせいか、彼を自然に眺められる。

黒のVネックの長袖シャツにグレーのコットン素材のパンツという何気ない部屋着なのに、なんでこんなに色気があるんだろう。

是非理由をご教授願いたい。


「あの、本当に美味しい?」


「俺は嘘は言わない」


「違うの。普段の食生活を知らないから口に合うのかよくわからなくて」


慌てて伝えると、櫂人さんは箸を置いて私を見つめ返す。


「お前、俺が毎日豪華な弁当やフルコースを食べていると思ってないか?」


考えをあっさり指摘され、目が泳ぐ。


「そんなわけないに決まってるだろ」


呆れたように嘆息して、小さく肩を竦めた彼が口を開く。


「俺の実家では時折母が家庭料理を作っていたんだ」


「えっ」


「うちはそれほど格式張っているわけじゃない。親子丼とか、胃に優しい食事は有難かったし俺は素朴な家庭料理のほうが好きだ」


意外な食生活に驚くとともに、親近感がわいた。
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